97年9月30日(火曜日)

 まだ正式発表ではないものの、いよいよ「移動電話で 28.8K の通信能力」を持つ機種が登場するようです。今日実は新宿の NS ビルの8階の DOCOMO センターに行ったのです。小生の移動電話は、ハイパーとしては最初の「デジタル・ムーバDU HYPER」。もう2年くらい使っているのではないでしょうか。最近は

  1. この機種が古くなったらどうなるのだろう(番号を新しくしなければならないのか)
  2. 少し重いので、軽い機種が欲しい
  3. 出来たら通信速度も上がらないか(現在は9600)
 と思っていたところに、昨日 DOCOMO から「お取り替えのご案内」というのが来て、ここぞとばかりに行ったのです。

 まず第一に新しい機種は軽そうだった。実際に最新式は、83グラムというのがある。今まで使っていた機種は、160グラムでした。無論、小さい。次に、機能も向上している。さらに番号も変わらずに、かつ短縮の移植ができると、いろいろ良いことがあったからです。しかも、「2万円引き」ときた。接受時間もめちゃ伸びている。

 しかし、センターの女性の話を聞きながら、「私は通信で使うことが多い」と強調していたら、突然女性が小声で「これはまだ正式発表ではないのですが、秋か冬に28.8Kで通信が出来る通信中心の携帯電話が出るらしいんですよ。それは2万円引きの対象になるかならないかはわからないんですが.....」と呟くんですね。聞くと、量販店などではもうそういう情報が結構流れているらしい。「28.8K」 は確かに家や会社で使っている 64K に比べれば遅いが、いままでよりは MUCH BETTER です。そこでどうしたかって。当然、その「28.8K 携帯が出るのを待つ」というスタンスです。「お取り替え」の期間はしばらく続きそうですから。私の今までの経験だと、通信機器としての安定性は依然として PHSより携帯電話の方がはるかに高い。
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 筆者が勤める会社はいまようやく全店 LAN 構築が最終段階にあって、OS も 3.1 中心から NT3.51 中心に切り替わっているのですが、やはり企業がやることだけあって迫力がある。女性が私が使っている数台のコンピューターのうち一台について OS 変更の手順を始めたと思ったら直ぐにいなくなった。どうなっているんだ、と思ったらマシンは勝手にOSを更新している。私も途中で気が付いたのですが、センターから数台のコンピューターに同時にオンラインで OS を埋め込んでいるのです。家で OS を入れるときはつきっきりですが、オンラインで OS を埋め込むとなると楽なものですな。まあ、将来はオンライン・コンピューターなんてのはそうなるのでしょう。

 会社のメール・システムは今までの MS MAIL からEXCHANGEに変わったのですが、「パブリック・フォルダ」が出来たのが大きな違いです。今まで私が書いたものは数百カ所に電子メールで一斉送信していたが、今度はフォルダの特定の場所に置いてそれを見てもらうという方式になる。システムの負荷も軽くなります。それに関連して、「全役員」「全社員」宛にメールを出したら、「返信確認」のコマンドを入れて置いたので凄い勢いで「開封」通知が返ってきた。送った本人もたまげましたね。結構大勢が直ぐ見る癖が付いている。
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 魚住さんからご指摘のあった RealAudio の streaming (ダウンロード開始後に指定の時間に audio のプレーを開始する機能、大きな RealAudid ファイルだと全部ダウンロードする時間が省ける)は、プロバイダーが対応していないため当面は無理のようです(まだはっきり分からないのですが)。プリバイダーの説明によれば、streamingを行うためには REAL からサーバーを購入しなければならず、それが結構高額なのだそうです。どこか東京で REALのサーバーをもつプロバイダーをご存じありませんかね。

 ところで、声のメールをいろいろなところに送っているのですが、最初に帰ってきたのはジェームズからでした。まあ彼のホームページには音のコーナーがあるくらいですから、リターンは速いと思っていましたが。私も着々と音のボリュームを増やしていきます。


97年9月29日(月曜日)

 おっと、失礼。昨日日経日曜版の「経済論壇から」を取り上げながら、小生のメール友達の藪中さんの論文が同じ文章の中に紹介されているのを「紹介」するのを忘れていました。どうやら今回の経済論壇で見る限り、9月16日付けの「エコノミスト」は面白かったらしく、竹中平蔵・慶応大学教授の論文紹介の直ぐあとに、藪中さんの「アメリカの労働生産性は統計数字以上に高い」との論文が紹介されている。この藪中さんの論文については、雑誌掲載の前にちらっと見せてもらって私も少々意見を述べた経緯もあって、思い入れがある。藪中さんが手法として取った「従業員一人当たりの売り上げの伸びから見る視点」は、アメリカの生産性が上がっていることを示す一つの良い方法だと思ったからです。

 実は私は「ニューエコノミー new economy」という表現はあまり好きではないのです。「new」という言葉の中に、なにか軽薄なものを感じるといった問題以上に、実は今アメリカ経済で起きている大きな変化は、遡れば1980年代の半ばくらいから始まっている変化の集積だと思っているからです。レーガンの規制緩和があり、従来以上にアメリカ経済が世界に開放され、そしてオフィス革命(コンピューター・通信革命)が始まったのは、その頃です。その結果が今ようやく出始めている。時間も、人々の努力も積み重なっているのです。

 これに対して、「new economy」という言葉が出てきたのはせいぜいここ数ヶ月です。グリーンスパンは、今年の2月に「new era」という言葉を使いましたが、彼自身は「new economy」とはまだ言っていないと思う。事情を知らない人は、「new economy」というのは、今年の春から(ビジネス・ウィークの特集当たりから)始まったと思っている。しかし、大河のような経済の流れがそう一朝一夕に変わるわけがない。でも、何か名前を付けなくてはいけない。そこで便利に使われているのが、「new economy」という単語です。

 言葉は嫌いですが、私は本にも書きましたが「大きな変化」そのものは起きていると思っていて、「公式の数字が出てこないから、それは議論の対象にもならない」という意見には賛成できない。大体今出ている「ニューエコノミー批判論」で、90年代に入ってからの世界的なディスインフレ傾向の背景をうまく説明した論を見たことがない。せいぜい、「アメリカの現在のようなインフレ低下は、バブル時代の日本にもあった」程度の説明しか聞けていない。そして背景をよく分析しないうちに、「それは良いことか悪いことか」と議論し始めている。これはやはり一部の経済学者の怠慢だと思うわけです。景気が良いアメリカで、今年前半の6ヶ月間卸売物価が低下を続けたような事態を「そんなばかな」と切り捨てていたら、新しいことに何も気づけなくなってしまう。マーケット・アナリストで一番たちの悪い連中は、「今のマーケットは間違っている」と言い切って、あとは知らんぷりというのですが、そういう意味では日本の経済学の現状は悲惨だと思います。

 その点で、同じく日経日曜の『「経済学」の憂鬱』は、shiraさんとは別の意味での読後感が私にはある。マスコミに文句を言いたい気持ちは分かる。私もそう思う。しかし、クルーグマンの意見に賛成するかどうかは別として例えば彼のように baby sitter の貸し借りのような身近なところから経済を説き起こす日本の経済学者が出てこなければ、日本の「経済学」の衰退は続くと思っていることも確かです。だから「理論・計量経済学会」が会の名前を変えたというのは、それなりきに意味がある、と思う。あとはパーソナリティーですな。そういう意味では、藪中さんとか私のfriendsのコーナーに載っているような人には頑張って欲しいと思っているわけです。本来「経済学」とは非常に面白いはずです、心理学であり、社会学であり、計量・統計学であり、政治学であり、国際関係論であり......。しかし、今の日本の経済論文の世界は「理論経済学」と「理論から遠い経済評論」に二分されている。この両方からギャップを埋める努力をしないと、と思います。
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 昨日の「経済論壇から」に関する私の文章に関しては、ばぶるばすたーさんから法律家の視点として以下のようなメール・レスをもらいました。quote

 市場へのスタビライザー導入のお話。読んでいてスタビライザー行使の恣意性の部分で頭の中でベルが鳴ったのはアメリカの法律のアプローチです。

 reasonable person's standardとかcommunity standardという考え方があるのです。具体的な例でいくと、何かの不法行為を起こして、それに対する責任を追及するような時に、行為者がreasonable person's standardで要求される注意義務を果たしたか否かというのが責任の多寡を決める一つのクライテリアになるのですが、これがどんなものかは法律条文には具体的に書いてないのです。単にreasonable person's standardって書いてある。

 じゃぁ、どうするかというとこれをjuryである陪審が決めるわけです。世の中いろいろと変っていきますから法律にすべてを盛り込むことはしない。そこで、その具体的な運用を人々の代表である陪審に求めるということです。もちろん、陪審は素人だから本当に適切なる判断をするかわからないですけども、その反面ヒトラーのような独裁、暴走も防ぐことが可能になる。アメリカという国の司法システムはそれに立脚している。日本なんかの裁判官による制度とは違うわけです。

 スタビライザーの恣意性を防ぐという観点ではアメリカなんかは、上で言ったよう なアプローチを思考するのかなと思ったわけです。ただし、法律とは違って国と国との間にまたがる市場だから、どこかの国のコンセプトを無理矢理普遍化させるというのもうまくない。まあ喩えて言えば日本に無理矢理陪審制度を導入するみたいな状況にもなってしまうという難しさがあるのですね、市場の場合。

 ending quote

 「陪審」という制度にも無論多くの問題があります。それは、OJ シンプソンの裁判の時にも問題になった。「陪審」を構成するそれほど多くない人が、そのまま「reasonable person's standard」を判断する存在たりうるのかという問題。ここでもいろいろな尺度がある。しかし、ばぶちゃんが言うとおり一つの「恣意性排除」の担保にはなると思います。法律で書ききれない部分を「陪審」にある程度任せるというのは、システムの柔軟性維持にもつながる。経済の場合を考えると、例えば為替介入は大蔵省の専管事項になっていますが、大蔵省はやはり「国民経済」、もっと言えば「国民の福祉」という大きな判断基準を置いて行動していると思われる。少なくとも建前はそうでなくてはいけない。「介入は勝たねばならない」といった問題は、本来は二の次です。

 しかし、マスコミの目はしばしば「この介入は効いた」とか、「相場がこんなに動いているのに、政府は何をしている」といった矮小化された議論になってしまう。本来だったら国民経済的にこの相場に手を触れないでほっておくのが良いのか、それとも介入した方が良いのか、という議論をしなくてはならない筈ですがそうはならない。まあ、日本のマスコミは、大手になると1000万読者を相手にしている。ちょっと大きすぎるのかもしれない。


97年9月28日(日曜日)

 良い天気でしたね。親戚の大叔母(おじいさんの妹)が88才の米寿の祝いを東中野の日本閣でやったのですが、私が幹事役だったので一日それにかかりきりでした。親戚や付き合いのあった方全部で50人強を集めての会合で、まあ結婚式がいくつも行われている中での、異色の会合でしたね。当然年寄りから曾孫に当たるような子供まで。でも折々に皆で集まって、理由をつけて祝うというのはいいんじゃないですかね。経済にも。祝えることがあったら、祝えばいいんですよ。むろん、ちょっと大変ですよ。特に幹事役ともなると。席順とか、会の進行とか。まあでも、何もなければ家で時間を過ごしていることが多いんだから、よっとこしょと出かけて大勢の人に会うというのは、それはそれで意味がある。

 日本閣に行くのはこれで二回目ですが、庭が結構綺麗な宴会場です。目白のあの田中御殿の近くの宴会場ほどではないですが。最初に名前の売れたお医者さんから長生きのこつに関する30分くらいの講演をしてもらい(その中では、一笑一若=一回笑うと一才若返る=という言葉が印象的でした)、あとちょっと皆さんには動いてもらって全員写真を取り、着席してお言葉を二つくらいもらい、食事・懇談、祝辞の続き、歌をして花束贈呈、本人挨拶でおしまい。まあ、普通の流れですかね。それでも3時間以上の時間がかかる。でも、親戚でも普段会ってない人が多いな...という感じ。
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 今朝の朝日新聞には、私が勤務する某信託銀行とシティバンクが新型金融商品で提携という記事が目に付きました。日経にはなかったような気がする。

 この信託銀行大手と米国第2位の金融機関であるシティバンクは27日、運用実績に応じて配当する新型の貯蓄商品の開発、販売で業 務提携の契約を結んだことを明らかにした。今年12月から個人投資家向けに、元本保証型の金融商品を販売し、数1000億円規模の販売実績をめざす。
 最新の金融技術を駆使するシティバンクの世界的な運用能力と、国内で個人投資家に対する販売力のある住友信託の組み合わせは、金融大改革「日本版ビッグバン」が進む中で、1200兆円の個人金融資産をめぐる内外の金融機関による本格的な戦略提携の第1弾となる。
 まあ、いろいろな提携の形が出てくるでしょうね、これからも。両者は、「小口の客の投資資金を数100億円単位の運用財産にまとめ、シティバンクとこの信託が共同で「運用機構」を作って管理し、欧米の有力な投資顧問会社に運用を委託する。日米欧の市場で通貨・金融先物、商品先物、株式、債券などに分散投資する予定だ」ということで、「今回の提携は、体力に余裕のある金融機関同士がお互いの強みを生かし合う初の提携となる」というのが「朝日新聞」の解説。本にも書きましたが、これからは競争も激しくなりますが、逆に競争しパイを増やす中で誰とどういう形で手を組むかが一番重要です。まあ、一つのナイス・トライではないでしょうか。成否はこれからですが。
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 新聞の記事では、日経の「経済論壇から」が面白かった。ここで扱われている問題はいつも私自身が考えている問題です。でもなかなか明確な結論が出ない。95年に為替相場(ドル・円)が85円から見る間に80円割れまで落ちたとき、「資本主義(市場経済)にもスタビライザーがいる」と本気で思いました。市場は、時として人間のシステムに対する暴力機構としても働く。だから、何らかのスタビライザーがあってしかるべきだと。この議論には、必ずしも反対でない。

 しかし、スタビライザーの行動原理を「社会共通の利益」に置くとして、いったいそれを誰が決めるのか。戦前のドイツではヒットラーがそれを決めていた。独裁者が、「社会共通の利益」に名前を借りていただけでしたが、誰も止められなかった。衆知を集めたところで、しばしば未来は予測できないことを我々はよく知っている。売れる製品一つとっても、予想外のものが売れる。市場の動向を方向として曲げるのも、賢明ではない。だから今の私の結論は、最大限、できる限り「市場原理」にチャンスは与える。しかし、ケースによっては市場への容喙を認めようと言うものです。しかし、それは恣意的であってはいけない。またここで議論になっている「効率」と「平等」という観点は、非常に重要です。しかし全体的に見れば、日本は「平等」に重点を置きすぎている。少し「効率」の観点を入れないと、高齢化・少子化の中で経済の活力が失われる、というのが私の考え方です。アメリカはちょっと「効率」から「平等」に社会のペンデュラムが振れ始めている印象がしますが。


97年9月27日(土曜日)

 寒くなりましたね。この文章は28日の朝ちょっと寝坊して書いていますが、部屋の温度は23度でした。最近では一番寒い。外を見るとすごく良い天気で、秋晴れ。秋晴れの日は寒い。ただし、日中は相当温度は上がるでしょう。

 お出かけ(昨日の新宿のデパートは込んでました)の合間などに、引き続き音との取り組みを続けていて、このサイトにもいろいろと音を取り入れ始めています。まず従来のワイン模様に戻したフロントに英語のメッセージとともに二カ所音源につながるリンクを埋め込みました。いずれも日本語を理解しない人たちのためのもので、左が私のへたな英語メッセージ、右が新しくチャットのコーナーに作った英語関連と音のページです。

 最初の英語のフロント・メッセージはなんと言っておるのか、と聞かれるのはつらいので書いちゃいましょう。自分でも下手だなと思いながら録音しました。

Hi everyone, this is ITOH speaking.
I constructed following pages mainly in Japanese.
I am trying expand English pages but it takes time for me.
So, I decided to include some English voice messages in some of my pages.
So, I hope you can enjoy somewhat.
Sure, I am going to construct more English pages soon.
Enjoy !!!
 と言っておりやす。そう聞けなかったら私の発音が悪い。「so」が重なるなど、ちょっと作文的にも問題がある。発音は、実は今口内炎がちょっと出来てまして、うまく発声できない....という事情もあります。

 右側から渡ったページは、昨日作ったページでそこにも今は二つほど音が埋め込んであります。下の「Real Audio」の corporate logo の直ぐ下にあるのは今聞いていただいたもので、その下はまだ実は何も入れていません。木村さん済みません。その下は、私のサイトに関する簡単な(30秒)説明です。これも英語です。まあ、こうやって英語のボイス・メッセージを増やしていこうということです。

 早速メールをくださった方がいて、

 突然のメールで失礼いたします。
山形さんのリンクから飛んできました。

個人HPの日記でRealAudio!...スゴイ!面白い!
ほんとにこんな単純な動機でメールしてしまいました。
これからも何かいろいろやって下さい、期待しています。
9/26の"asa.ra"は竹村健一がしゃべってるのかと思いました。(^_^;)

伊藤さんのことは30分の頃の"Tokyo Market Focus"でお顔を拝見しておりました。
15分はちょっと慌ただしいですね。でも今日(9/28)が最終回だって言ってます。

 横浜の長尾さん。ああ、そうですね。東京マーケット・フォーカスも今日が最後ですね。私がやっていたのは去年の9月末まで1年ですから、ちょうど二年の番組だったわけですか。環境が良くなかったのと、もうちょっと工夫できたかなという印象です。スタッフのみなさんには、ご苦労様。ということで話を戻すと、あちこちに英語の音を埋め込むと同時に、英語のページもと思っています。候補としては、news and analysis 縮小版ですかね。まあ、時間がかかる。音のメッセージの方が作成するのははるかに簡単です。

 ずっと気になっていたのです。世界に通用しないサイトだと。サイト全体をうまく bilingual にしていければと思っていますが、どうなりますことやら。気の早い私は、PROGRESSIVE NETWORKSのサイトからTIMECASTという向こうのリンク・ページの登録しちゃいました。まあ、とりあえず、フロントは完成しましたから。(あの下手な発音はそのうち入れ替えます)


97年9月26日(金曜日)

 RealAudio 形式による声の日記






 最後のファイルは、私のコンピューターの師匠が COOL EDIT 96を使って合成した Real Audio File です。まあ、こういうこともできるということです。また、ここで使ったアイコンは、シエルのサイトで、「ご自由にお使いください」と提供されているものです。かなちゃん、ありがとう。


97年9月25日(木曜日)

 ここ数日の続きで「音」にこだわっているのですが、その前に亜裕ちゃんが「インターネット放送局」の立ち上げを決意したようです。10月1日スタートを目標に。一週間に一度の更新の予定。私も誘われたので、参加することにしました。非常に楽しみ。たぶん私は、音声ファイルを作って送るというのが当面の参加スタイルになると思います。その後は現役アナウンサーである彼女の処理に任せるというスタイルで。あと参加するのは、テレビ東京の局アナウンサーである梅津君。彼は局内では「うめちゃん」と呼ばれているのですが、今まで参加していたサイトが閉鎖されることになり、亜裕ちゃんの放送局に参加することになったらしい。さて、どんなものができるか。皆さん、お楽しみに。

 ところで、面白いサイトを発見しました。自分が今使っているブラウザがどの形式の音源に対応しているかが簡単に分かるサイト。ここの「online companion」でそれぞれの形式をクリックして、音が出れば対応しているということにります。私は一つのブラウザでやってみましたが、二つだけダメ(VOXとGSM6.10)でした。皆さんもやってみると面白いと思います。それにしても、音の関連したサイトはいっぱいある。音楽では、http://interjuke.com/jukeboxが面白かったし、http://www.sportsradio.com/はスポーツラジオ局。MIDI関係では、http://www.midifarm.com/midifarm/free.shtmlが面白かった。もうちょっと勉強が進んだら、またその結果を披露しましょう。
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 サイトと言えば、面白いサイトを発見しました。もうご存じの方もいらっしゃるでしょうが、ジェームズのサイトを見ていたら、オーストラリアの少年がえらく推奨しているサイトがある。そこで私も渡ってみたのです。これがそれで、見て直ぐ「これはアメリカの窓の杜」だと思いました。しかしよく見ると、マックのソフトのコーナーもある。だから、膨大なソフトをカバーしているのだと思います。オーストラリアのカネのない16才かそこらの連中が利用しているサイトですから、我々が使っても割安ではないでしょうか。このサイトが面白いのは、ソフトにランク付けをしていること。私が二日前にダウンロードした COOL EDIT 96は最高の「五つ牛」になっていました。間違いはなかったということです。ジェームズには、昨日私が作成した二通目の「音声メール」(real audio 形式)を送っておきました。
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 私も今日からフロントをかつてのワイン・デザインに戻した(重くて済みません)のですが、もう一人フロントと、それに内容を大きく変えたオーナーがいます。シンガポールの熊沢君。久しぶりに行って、「おっ」と思いました。ここでも、「今日の出来事」ということで「diary」が始まっている。読むと結構面白い。またリストが増えた。「シンガポール滞在日誌」「スピードの経済」に関するコメントがある。海外は本の入手が遅いんですな。

 読んでいて懐かしくなりました。熊沢君はシンガポールに転勤する前、ずっと小生の隣の席にいた人物で、小生が約2年半前に初めてパソコンなるもの(compaq410cx)を買って始めた頃から、ずっと私が何をするか見ていた人物。そう私のパソコン歴は短いのです。今でも分からないことがいっぱいある。いろいろな人に教わっての毎日です。いろいろな人が、「音」が終わったら「ビデオ」ですね、と言ってくれるのですが、まあちょっと先ではないですかね。


97年9月24日(水曜日)

 おっと、もう「23日分」は読んだと言う方(多分今朝の午前8時以前)、もう一度読み直しください。文中に、特別メッセージがありまっせ。わたしゃこのメッセージを23日の深夜に録音したのですが、なぜか、内藤君がホームページを再開するのは24日からだろうと思っていて、このファイルを作っておくのは「ヒット」間違いなし、と思いながら作りました。図星でした。KITCHEN 5の優子さんがよく私に言うんです。「今日は誰が電話してきそうか、大体分かるんだ....」と。人間、そういうのってありますね。彼との付き合いは長い。わかっちゃうんだな。いずれにせよ、WELCOME BACK

 ところで、real audio file を聞く real player をお持ちでない方は、ここで無料でダウンロードできます。私は間違って有料の方をダウンロードしてしまいましたが、それにしても大した額ではない。あと、wav file を real audio に転換したソフトは、私のリンク・ページにも入っていてみなさんよくご存じの「窓の杜」の音声のパートから、「COOL EDIT 96」とかいうファイルをダウンロードして(まだお金払ってありません)、即席で作りました。簡単でしたね。本当に、写真の処理と何ら変わるところがない。メールをくれた人の中では、藪中さんが音声メッセージを送ってくれましたが、これはまだ開けれていません。なぜだか分からない。
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 それにしても、「ネットな奴」ってどうしてこう自己顕示欲が強いんですかね。あたしゃ「音声ファイルをアップしたのは俺が最初だ.....」なんてい言っていないのに、「すげえつまらないことですが、最初に音源ファイルを使ったのは私です。」なんてわざわざ言ってくるスペイン系の人も居ましたな。広島弁講座ベルデバンドだそうな。あら、こんなところにあったの。あたしゃ、初めて聞きやした(^o^)。内容はともかく、本数は多いね(^^;。まあ「ネットな奴」が自慢始めたら、「またビョーキが出てる」と思ってください。ほんとにビョーキですから。(^_^)(^_^)
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 最近やたらとジェームズからメールがくる。先週の土曜日に10年生になったらしい。「来年、日本に来たい」というのが彼の夢。「家族の写真をアップしたから見てくれ...」とか、「ycaster の新しい夏用のホームページ・デザインは好きだ。自分でやったのか」とか、「シドニーはこのところ雨模様だった」「本が売れて良かったね」とか、とか。フロントページと言えば、加藤さんが「まだ夏ですか」なんて余計(^o^)なことを言って来たけど、ジェームズは好きだって何回も言ってまっせ。でも考えりゃ...そうだわね。オーストラリアは、これから夏だから。ブンデスバンクのホームページができあがる前にあそこにいた犬を右左に動かすより、小生の HP DESIGN の方がいいにきまっている。おや、ジェームズを知らない。今年の夏に小生宅にホームステイしていたオーストラリアの少年です。彼のサイトにも結構な音ファイルがある。
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 ところで今日は軽いノリで入ったので、このまま。火曜日になにげにちょっと買い物をしたら、男性のサイズが慣れ親しんだ「S」「M」「L」「LL」からすっかり変わっているじゃないですか。来年の4月から正式移行の予定なのに、「SA」「SB」「MA」「MB」「LA」「LB」などが跳梁跋扈している。それぞれの単語が何の略なのか知りませんが、私は「MB」でした。つまり、背丈が「165〜175センチ」、チェストが「97〜104」、ウエストが「84〜94」。しかし、小生は限りなく「MA」に近い「MB」です。

 むかしよく、漫才などでいろいろな意味で「あいつはLLだ」とか言いましたが、もうこのフレーズも使えなくなります。なんて言うんでしょうな。「あいつはLBだ」と。でもちょっとそれではピンと来ないですな、我々には。新規格(JIS)は、お近くの洋品店などで確認できます。女性のも変わったのかな。
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 あと書いておかないと忘れそうなので書きますが、「スピードの経済」の韓国での出版に関しては、別ルートで日経に引き合いがあり、また動き出しているようです。小生の気持ちとしては、出版社がどこであれ翻訳は友人の姜さん(大宇証券)と孫さん(同)がいいのかな、と漠然と考えています。姜さんと言えば、今日の午前中にソウルから電話がありました。「ドルを借りて運用する投信が4〜5年前に出たのですが、予想に反してドル高・ウォン安に行って困っている。今後のドル・円はどうなるのか」という質問でした。今日の朝のマーケットが荒れている最中の電話。詳しくは書きませんが、韓国の証券会社も大変なようです。


 ところで、本日の音ファイルに関して木村さんから以下のような情報をもらいました。あゆちゃんからは絶賛でしたが、スペイン系の方のようにうまく聞けなかった方。以下のような事情もあるようです。
 RealAudio の皆さんの反応は、いかがですか?
ハードウェアでは、マルチメディア対応のPCで、
ソフトウェアは、Real Audio Version 3 以上でないと再生できません。
IE3では、多分 Version 2 のためエラーになると存じます。
問題は、皆さんの環境がアップグレードされてればいいのですが
大多数の方は再生不可かもしれません。そのためWAVやAU
であればいいのですが、サイズ対音質の問題で難点があります。
難しいところです。
 木村さんによれば、IE4製品版でもアドビはまだ平常通りには扱えないようです。これは期待していたのですが。IE4本製品の Readme 9月付けによると、前回と同様にアドビは不可になっていたとのこと。「当面、右クリックで、ファイルとして保存しておき後で閲覧する」という方法しかないとのこと。


97年9月23日(火曜日)

 昨日お伝えした日本銀行の田邊長崎支店長の知事選出馬は、今日の日経の東京版にも出ていました。31面の下の方に。これはshiraちゃんからも聞いていた(メールだったと思う)のですが、日銀関係者の知事選出馬は現新潟知事について二人目だそうです。また彼が書いている「独り言」によれば、長崎県知事公舎は日銀長崎支店から目と鼻の先のようで、当選すればかつての部下とまたしばしば顔を会わす関係になるということです。

 昔はともかく、今は人間の生き方にはいろいろな選択できる道がある、と思う。ずっと一本道を歩く人もあれば、別の道を選ぶ人もいる。これをしばしば変える人もいる。どれがいいとは言えない。その人の選択の問題だ。しかし、やはり一つの道を選択したら、その道であるレベルに達し、認知され、形を作るまで行くことを目標とすべきと思う。少なくとも私はそう思う。だから、せっかく「政界に出る」と決めたら当選してほしいし、一度ダメでも、また次を狙ってほしい。そして当選したあとの仕事も、後世に残るような。

 彼自身は非常に funny な人間ですな。「広島県のヤマの中から出てきた」と自分でよく言う。小生もヤマが多い長野県の出身。だからというわけではないが、結構ウマがあって、ゴルフもしたし酒も飲んだ。彼が日銀名古屋の課長時代には、私が名古屋に行ったときによく遊びました。彼がよく言うのは、「人生一度きり」。月曜日に電話したとき、「どして決めたの...人生一度からかい」と冗談半分に言ったら、「それもある」と。あとは、長崎の財界からの支援でしょう。でも何よりも、自分で政治に強い興味を持ち、新しい政治をしたかったからでしょう。月曜日に一応の人に連絡してその旨ファックスを打っておいたら、夜に私の移動電話に留守電が入っていて、「新しい情報通信時代にふさわしい選挙をやりたい」とのメッセージ。インターネットがどのくらい使えるかは難しい問題ですが、できることはしたいですね。

 あと「支援」があったと思われるのは、彼の家族から。「政治」というのは家族の支援が絶対必要なんです。自分の家が、自分の家でなくなる。宮沢首相のような例はごくまれです。だから、これからは自分で決意した田邊氏より、奥さんが大変だと思う。むろん子供も。
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 ところで、「インターネットで何ができるか」で本日も、小さな実験をしました。亜裕ちゃんも試みた「音」との取り組み。私もずっとやりたくて、会社で比較的これに詳しい東(あずま)に聞いたりしていたのですが、あゆちゃんや木村さん(メール友達)からの情報もありやって見ました。「スタート」→「プログラム」→「アクセサリ」→「マルチメディア」→「サウンドレコーダー」と渡って、音を録音する。最初フルに50秒近く録音して、そのファイルを FD に落としてサイズを見たらびっくりしました。FD 一枚の四分の三ほどを取っている。これは重いし、他人様にお聞きいただけるようなものではない。

 そこで16秒弱に短くして、かつ PCM の保存形式をやや軽くして作ったのが、ここに私が初めて掲載する音声ファイルです。しかし、wav 形式ですから、マックの人は聞けないと思う。マックの人も聞けるようにするにはどうしたら良いか、の知識は今の私にはありません。私が一番好きで、自分の部屋ではいつも聞いているマイルス・デービスの軽い曲を背景にしゃべっています。まあ、遊びですな。ちょっと重いので、通信速度が遅い人はつらいかもしれない。(その後窓の杜からソフトウエアをダウンロードして、Real Audioのファイルも作ってみました。全く同じものですが、こちらはマックでも聞けるかもしれない。ちょっと試しに聞いてみてください。こちらは全然軽いファイルです)


 おっと、それからこれは内藤君に関する特別メッセージです。この部分は24日朝アップしていますが、同君の HP 再開は同日だろうと思って23日の夜に作成しておきました。これも real audio です。バックの曲は、Elton John の Candle In The Wind
 候補者が自分のメッセージを音声ファイルにするなんてのは、選挙法違反なんでしょうかね。田邊氏も希望する「新しい情報通信の時代の選挙」という意味では、面白いことができそうですな。また、当然ながら「音のメール」というのも可能です。遠くにいる家族に。電話だと一度聞くとだいたい消去してしまう。でも、メールだと何回もファイルをおこすことが可能です。好きな人同士が音声ファイルを交換するというのも、面白い。
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 火曜日はどうなったか知りませんが、貿易関連取引にのみ外国為替取引を制限するとの方針を発表したマハティール首相率いるマレーシアの通貨の運命は悲惨でしたね。私も昔日経の経済教室に書いたのですが、市場は「流動性」があって初めて成り立つ。実需と同じように、資本取引も思惑取引も重要な経済や市場のの構成要素です。それを忘れてらっしゃる。月曜日は見る間に ringgit が何百ポイントという単位で下げた。なぜ経済の動揺が起きており、それをどう乗り切れば良いかということがまだお分かりになっていないようです。しかし、彼は国内の人気は高い。ドメな政治と、インターナショナルな経済や市場。これからも対立するでしょう。


97年9月22日(月曜日)

 何でも仕事が早い人ってえのはいるものですね。偉い。亜裕ちゃんのページに行ったら、もう実質的な「超ミニ・インターネット音声・写真報告」をやっている。一つはAFF..なんとかファイルで、もう一つは別のファイルで、前者は開けて、後者は開けなかった。別のコンピューターでやれば両方とも開けると思うのですが。同じDIARYのページには写真も二枚張ってあって、さながら画像と音声を使った同時進行的レポートになっている。面白いじゃないですか。だんだん現役のアナウンサーらしいページになってきたと思います。もしかしたら彼女が初めての、インターネット放送アナウンサーになるかも。ファイルをいかに軽くできるかがポイントですね。女性の声だったら聞く気がする。小生が声だと誰も聞く気はしないでしょうが。

 ナイス・トライという点では、Paco ちゃんの英語のDIARYも抱腹するね。でもこれも偉いよね。わしゃとてもできん。DIARYを英語にするなんて。たしかに文法は間違いあり、単語もミスが多いけど、トライするという気持ちを評価したい。彼の現在の英語力がどのくらいか知らないけど、きっとうまくなりまっせ。なぜ男性より女性が英語がうまくなるか(普通は)と言えば、それは女性の方がよく喋るからで、パコちゃんはその喋る上に書いているから、きっとうまくなる。小生は彼の英語力を試す気持ちはないけど、30日に中国語の実力はチェックします。でも、これだけ努力している彼を見ると、気持ちで負けるかな.....!
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 マスコミは何も書かないが、今回のG7の一つの興味深い点は、G7声明のドラフトの中にある「meet the challenges of the aging of our populations」の問題です。この問題は前回のアメリカのおけるサミットから先進国グループの会議に議題として登場してきている。そして、しばらく登場し続けるでしょう。戦争が終わった。日本でもそうですが、兵士が戦場から帰ってきた。そして、同じ時期にカップルがいっぱいできて、子供が生まれた。いわゆるベビーブーマーです。そのブーマーが今一斉に年を取り始めている。加えての平均寿命の高齢化。

 G7の声明に「aging of our populations」の問題が載ると言うことは当然これが先進国共通の問題になってきていると言うことです。日本もドイツもそう。アメリカやイギリスは移民を戦後も受け入れていますからちょっと違いますが、程度の差程度。先進国全体が抱えている問題です。実は、20年なり30年で中国も同じ様な問題に直面する。全体的に agingになったときに、その国の経済をどう活力溢れる状態に維持するかは非常に大きな問題です。日曜日の夜も、ほぼ一時間も親戚からの「うちのおばあちゃんの様子がおかしい」という苦情を聞いていました。今はまだ良い。しかし、今から10年後を考えたら、経済を活力あるものにする改革だけはやっておかねばならないとも思います。

 それはともあれ、為替市場から見た今回のG7の意義については、news and analysisに掲載してあります。市場と当局が対峙するのは、もうちょっとドル買いが進んでからでしょうな。
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 最後になりましたが、今日はどえらく嬉しいニュースがありましたね。勉強会仲間でもあり、同世代としても親近感が強い某中央銀行長崎支店長の田邊氏が、長崎知事選挙に出馬の意志を固めたとの報。23日に新聞発表の予定。本人とも話しましたが、勉強会の仲間が知事になれたら、すばらしいじゃないですか。同行長崎支店の出した「アジア効果で活気づく長崎」という本はここでも紹介したことがあるのですが、地元の経済界からの支援もあったようです。田邊氏は出身は広島県で、その点では地縁・血縁は薄い。

 彼と電話で話したあと、政界の知り合いに聞いたのですが、対抗馬は同県出身の現在衆議院議員の金子さんになりそうだとのこと。あと新進党の西岡幹事長も出馬の意向ありとも言われる。ただしこれは金子さんが出ない場合。今も東京で勉強会を続けている仲間には、早速電子メールで伝えました。既に何人かとは連絡がつきました。日本の政界にも新しい人が入って欲しい。彼は適任ですよ。長崎の方々、また長崎に地縁・血縁のある方々には、彼は信頼できる男だと申し上げます。選挙は来年の2月です。


97年9月21日(日曜日)

 ちょっと嫌な天気でしたね。野球の予定が入っていたのですが、朝起きたら雨で「今日はないだろう」と思っていたら、「中止」の連絡はなし。結局実施。しかし、この判断は正解でした。日中は晴れもせず、雨も降らずの最高のスポーツ日和。もう一年ぶりでしょうかね。野球に行くのは。でも最初から「今日は(試合には)絶対出ないでおこう」(出ても役立たないんですが)と思いましたね。やったら直ぐ真剣にやるから、体のどこかを痛めるのは目に見えている。それより応援した方が良い。ゴルフぐらいで長い期間何も運動してないのですから。運良く、参加者が多くて出なくて良い環境。ストレッチをし、キャッチをし、そして試合を観戦して終わり。28日もあるので、今度はちょっと用意して....と思ってます。しかし、久しぶりにグランドに出て体を動かして快適でした。

 午後は子供の試合を見たのですが、一つ面白いな...と思ったのは、日本の野球はとにかく選手に「声を出せ」という。という手前、大人も出す。だからしばしばすごい音量になるわけです。声が集中するときは。子供など、大人が一緒に何か叫んだら、聞こえてないじゃないかと思うほど。個々の局面でも、例えば守備側は守りに入る前には必ずキャッチャーがピッチャーズ・マウンドとの真ん中に行って、「しまっていこうぜ〜〜」という。ああいうのは本場のアメリカではやっていたかな、と。やっていたとしたら、何て言っているのかと。そういえばピアザが何かグランドで言っていたな、とも思う。でも、英語が出てこない。

 スポーツで声を出すのは非常に重要なことです。あれで選手同士、またベンチと選手の情報交換が行われている。何もしゃべらずに集団スポーツをするのはまずあり得ない。だからたぶんアメリカでも野球をするときは声は出すだろうと。しかし、あたかも声を出すのが義務のように「声を出せ」「声を出せ」というのは、日本だけかもな〜〜なんて思いました。アメリカでも草野球をやっておけば良かった。日米草野球比較なんてのは、あまりない。アメリカのプロでない野球の映画を見れば分かるかもしれない。
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 ワシントンの亜裕ちゃんからメールが来やした。「音のアップ」に成功したお礼(私が紹介しましたんで、ここの読者から何通かメールが行ったようです tks)と、これは私が聞いたので教えてくれたのですが、どうやってアップしたかを。私もちょっと興味がある。新潮社のForesightのサイトで伊藤編集長がしゃべっているのが今まで聞いた中では比較的長いスピーチですが、あゆちゃんのは音が短い分、非常に綺麗だった。以前クリントンが年頭教書をインターネットの音声ファイルにしていたのを聞いたのですが、それは非常に音質が悪かった。インターネットも徐々に進歩しているんですな。

 そこでちょっと思ったのは、せっかくインターネットに現役アナウンサーがサイトを持っているのだから、一週間に一度くらいワシントンから「レポート」でも送ったらいいじゃないか、ということです。これをちょっと拡大すれば、「インターネット・ラジオ放送局」。実はこれを彼女には提案して。彼女も乗り気になっているようですが、まあちょっと時間がかかるでしょう。ネットは新しいことをどしどし実験するためにある。相場見通しを音声にするってえのも、いいかも。
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 ネット上でのサイト運営者と読者の関係や、文章を書く人間の責任に関して、そんなに多くはないがいくつかのサイトにそれぞれの意見がアップされている。それぞれの人の考え方が出ていて面白い。心配した方もいたようですが、内藤君ももうじき復帰するようです。私自身もうこの問題については二度も書いて(一度は内藤君のサイトの文章が私宛のものだったので、その返信という形で)いて、自分の意見はかなり言っているので新しい議論が始まるまでは特に付け加えるものはないのですが、最後のところは社会的常識の認識度の差ってえところですかね。どちらがいいとか言う問題じゃなくて。

  1. インターネットだからといって他のメディアと違って何でも書けると思うのは間違い(だから普通書き手はそれなりきに知らず知らずに自己抑制を働かしている)。コストが安く済むという意味では発言できる人の数は飛躍的に増大したが、やはりそこには発言する責任がある。
  2. なぜなら「人の目に触れる」という意味では、他のメディアと一緒でありインターネットだけが特別狭い、または限られた人しか入れない特別な世界なのではない。それぞれのページのURLなどどこでも手に入る。特に宣伝しているページはそうである
  3. 従って読み手はそこに不穏当だと思われる文章があったら文句を言える。なぜなら、その文章は多くの人が読んでいて、この論争が直ちに多くの人の噂になったようにネット以外にも広がるからである
  4. インターネットは無言で見る大勢の人がいるから成り立っている。情報を発している人間は、必ずしも「善意」だけで情報を発しているわけではない。多くの場合、個人のホームページには自己顕示(悪いことではない)があり、広報的意味がある。これは、それを見てくれる読者がいるから成り立つ
 −−というのが私のインターネットに対する基本的考え方ですかね。まあでも今回の論争は良かったんではないですかね。ハラハラした人もいたでしょうが、私はお互いに褒めあっているよりも良かったと考えてます。


97年9月20日(土曜日)

 G7の合意事項はやはり新聞社系のサイトが早かった。ウォール・ストリート・ジャーナルと日経の両方に載っていました。土曜日の午後9時現在で。ただし、全文はまだ。詳しい分析は日曜日にしますが、読者に興味ありそうなところだけ。G7の為替関係合意事項

  It was important to avoid "excessive depreciation in key currencies where this could lead to the reemergence of large external imbalances."

 The G-7 draft said the group "agreed that excessive volatility and significant deviations from fundamentals were undesirable."

 G7前に行われた日米蔵相会談の合意事項
However, in a meeting that took place before the formal G-7 gathering, U.S. and Japanese officials recognized the need to avoid excessive trade imbalances, weak foreign exchange rates, and to cooperate closely on exchange rates if necessary, according to a U.S. Treasury spokesman.
 ヨーロッパの通貨情勢に関するティートマイヤーの発言
"As far as the situation in Europe -- the Deutsche mark -- is concerned, I can say what we said in Berlin is still right. Firstly there had been a considerable correction and that it was appropriate that we had these corrections," Mr. Tietmeyer said.
 最初のG7全体の合意文章の中では、「日本」とか「円」とかの特定はないようです。しかし、「巨額の対外収支不均衡の再来を招くような主要通貨の過度な減価を避けることが必要」とは、明らかに日本と円を指している。そしてこれは同時に日米二国間の合意のようで、財務省スポークスマンによれば、過度の円安に対しては、日米双方が協調して行動する可能性を指摘する文章がある。

 これに比べれば、ヨーロッパの抱える問題とアジアの問題はあまり取り上げられなかったようです。ティートマイヤーもベルリン合意を引いて、行きすぎたマルク安に警告している。G7はアジアについては、タイ救援融資に満足の意を表明。


97年9月19日(金曜日)

 やっぱり週末はゆったりした気分になりますね。寝坊して土曜日の朝に19日分を書いているのですが、今日は変な一日になりそうです。普通G-7というと欧米のどこかの都市で行われることが多い。だから時差の関係で日中はなにもなくて、日曜日の朝に結果が出るケースが多い。テレビをやっているころは、「土曜日の夕刻収録、日曜日の朝放映」でこのG-7が一番の悩み、つまり何も言えない悩み(収録の時には結果が分からず、放映の時には結果が出てしまっているという)でしたが、今日は香港というほぼ時差的には同時進行の場所で会議が行われる。ということは、日本時間の夕方には結果が出ていると言うことです。今朝のニュースはまだチェックしてないのですが、声明が出るのか出ないのかなどを含めて、結構気ぜわしい一日になりそうです。。

 正直言って、今回のG-7の予想は難しいものでした。news and analysisは正直言って書くのに苦労した。いつもさらさらと文章が書けるわけではない。(^_^)(^_^)まあ何事も流れを押さえておくというのが一番で、その部分が長くなってしまった。あの後にいろいろ考えたシナリオもあるのですが、全部表現出来るわけではない。今日気になるのは、声明が出るとしたらどこに掲載される(インターネット上で)のだろうか、ということです。6月のサミットの時は、米政府が主催国でしたからホワイトハウスのフロントページにもうリンクが出来ていた。G-7は単一の母体組織を持たない会議ですから、まあスピードの点から言うと、やはり新聞社系のサイトが第一候補ですね。会議の結果は声明に凝縮される。あれは何カ国かの代表が頭を寄せ合って作るものです。だから声明の全文は必ず読まなければならない、と思っていてこれが結構楽しいのです。毎回読んでいるとその変化ははやり世界経済の変化を示している。
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拝復 内藤 忍殿

 貴殿のホームページに掲載された小生宛の文章拝見。「断筆」の第一印象は「おやおやここまでやってしまうのか」というものでしたが、少し考えると「それもいいかな」「少し疲れているだろうし」という気分になりました。でも、もう何人かの人から、「内藤さんには続けて欲しいんですけど...」というメールが来ていることだけはまずお伝えしましょう。  

「インターネットの世界で一番えらいのは間違っていてもいいから自分の考えやオリジナルな情報を発信しているやつ、一番ダメなのはただ読んで利用しているだけのやつ、最悪なのは批判だけするやつ」
 という表現がいつ誰のページに掲載されたのかは、最初は正直言って知りませんでした。しかし貴兄のページにまで「これぞネット仲間の共通意見」というような形で引用されるに及んで、これは小生としても意見を述べなければならないと思ったわけです。自分としての。ご存じの通り、小生は書き出すと筆が走る。ちょっときつい表現になったとその点については反省点もあります。でも、「えらい」とか「ダメな」とか「最悪」とか聞くに耐えない人間に対するランク付けを、冗談話の中でなく平気で書いてしまうというのは、私の体質には全く会わない。強い反感を覚えます。こんな間違った偏った見方がネット仲間の共通認識だと思われてもたまらない、という気持ちもありました。また、多くの人からメールや直接に、「ひどい表現がある」と苦情が来たことも確かです。

 「よし俺も作ってやろう」と思って、ホームページを作る。誰と契約したわけでもない。大部分においては、作りたいからかってに作る。そして出来る。ネット仲間からも紹介されて読者が付く。何人かの人が気に入ってくれて、メールもくれる。「ああ出来たんだ」「俺も仲間入りだ」と嬉しくなる。嬉しくなると続ける気持ちになる。しかし、続けるとそれが自分にとって義務になる。義務になると、「俺はここまでしている」という気分になる。そうしたなかで、カウンターの伸びに比して、メールをくれる人がいかに少ないかに気づく。なんだ、ただ見ていく人が多いのか....と思う。そして、そのストレスが貯まる。なんなんだ、見て帰るだけの奴は....という気分になる。

 「読んでくださる方からの発信がないことに対する寂しさ」「自分の声が闇に吸い込まれるような」気分。でも考えて見ようよ。自分が名作を本で読んで、何回筆者に手紙を書いたか。週刊誌のひどい記事を読んで、何回編集部に抗議の手紙を出したか。ネットは手紙より、当然簡単ですよ。メッセージを発するのが。しかし、君と一度も会ったことがない人が、何か感じてメールを出すというのは、大変な勇気と時間が必要なことだとは思わない。僕らはよく知っているからたった数語でメールを交わせるけど、初めての人は自己紹介から始まって意見を述べるわけです。この意見も起承転結が必要だよね。凄いエネルギーだと思う。僕もネット仲間の文章を読んでいろいろ考えたり、思うことはあるけど、自分の意見を改めて書こうとするとそれだけですぐ数百字になりそうで、他にいっぱい仕事もあるから、普通は書かない。書いても、「今日のはナイス」くらい。だってそうでしょう。みんな仕事を抱え、もっと他の時間が欲しい。考えはあるがまとまってない、ということだってある。やはり簡単にメールを打ちあえる仲というのは、親しい、または良く知っている間柄だぜ。

 でも「文章」は、直ぐ消える声と違って面白いんだね。長く書いていると、初めて会う人から、「ずっと読んでました」とか「あのときは予想を間違えましたね」とか「あのときの文章には、結構感動しました」とか、いろいろ反応がある。何年も前の事で。読んだ人の記憶には、どこかに残っている。「闇に吸い込まれている」ようでも、例えば毎日100人の人が来てくれるとしたら、やはり100人の気持ちには残っていると思う。100人もの人の気持ちに何らかの印象を植え付けた上に、さらに「読んだら必ずメールを寄こせ」というのは、無理な相談じゃないの。ましや、今インターネットやっている人は、他にも好奇心が旺盛なまだ若い人たちだよ。出版社や新聞社に意見を寄せる人の大部分は一定の年齢層の人だって知ってるよね。「闇」じゃなく、読者の「記憶」や「気持ち」の中に吸い込まれているって。むろん、お互い「今日のはおもしろくねえ...」って読み飛ばされているケースも多いだろうけど。それでいいと思わなきゃ。

 でも残る分だけ、文章には「責任」があるよね。声は消えるし、発音の抑揚を変えることによって、また表情を付加することによって同じ文言でも意味をいかようにも変えられる。つまり限定できる。しかし、文章、または表記された言葉は読む人にとってはそこから発想が出発する。だから、いろいろな取られ方をする。これは注意を必要とすることだと思う。「責任」という点に戻ると、自分勝手に書いているといっても読者が付けばネットの中だって、同じだと思う。やはり「責任」が出てくる。こんなところで name-droppingをするつもりはないけど、もう5〜6年前かな塩野七生さんに、「あんたも文章書き始めたら、責任もたなきゃだめよ...」と言われた。これはいつも自戒しなければ、と思ってます。

 「マナーを無視した一方的な批判メール」「人の揚げ足をとるような非建設的なメッセージ」。そんなにあるかね。小学校で好きな女の子に意地悪する男の子のような連中かもしれないね。ほんとに相手がアホだったら相手しなきゃいい。人間の世界にはいろいろいるあるさ。でも、誰とどこでどのようにかかわって、時間をどう配分するかは自分で決められるよね。「自分はこれをやるんだ」と決めたら、余計なことに回せる時間は当然少なくなるってえわけだ。

 「断筆」ね。ナイスな考えだね。小生だってこの diary は誰と契約して始めたわけでもない。いつでもやめられる、と思ってまっせ。インターネットは表現ツールの一つに過ぎない。新しいから何が出来るか実験している面もある。何も得られるものがなくなったら、当然おさらばですよ。読者にアクセスできる手段はいっぱいある。でも誰かが「場」を作ってないと、参加したいと思ってる人も参加しにくいでしょう。どこに場が開いているのか。文章書き慣れてる人間が場を作っているのがいいんですよ。

 無論のこと、読んで、さらにメールまでくれる人には感謝してますよ。何人かの人とは、本当に有益な、かつ interactive な関係を築けていると思っていて、そういう人は大事だよね。もしかしたら、一生つきあえるかもしれない。たった数年でこれだけインターネットが出てきたように、新しい「情報伝達手段」はいっぱい出てくるさ。自分で勝手に始めた文章作成は、義務にしたらいかんと思う。こっち(書く方)だって楽しみで書いてないと、読んでる人も面白くないでしょう。

 人の評判ってのは、恐ろしいね。ある時に突然広まって、そして定着する。「断筆」まで決意した君の評判は上がるんじゃないかな。そして早く君の文章をまた読みたい、という人も増える。「絶対的な満足感」があるんだったらまた再開して続けたら。繰り返しになるけど、「内藤さんには続けて欲しいんですけど...」というメールが何通も来てます。

 遅れたけど、ホームページのアクセス件数の「一万件突破」おめでとう。凄い数だぜ。小生が365回は最低行っているにしても(^o^)だよ。まあ、2〜3日で復帰して小生に一日一度の楽しみをくれよ。じゃね。     早々


97年9月18日(木曜日)

 「ドイツ系銀行で為替ディーラーをやっているものです」という papageno さんから、「9月に新しいホームページを作りました」とのメールをいただきました。そのページを紹介すると

 http://www.vc-net.or.jp/~papageno/

   です。私も渡ってみましたが、毎日丁寧に市況を書き、diary を仕上げている。新しい人がこうして登場してくるのは良いことだと思います。インターネットにホームページを持っているだけで価値のある時代はとうに過ぎつつあるのは明らか。私の経験だと、アメリカやイギリスの新聞を読んだり、FEDのページを見たりそのときどきの情報を集めたり、メールを処理したりしていると、一日に読める個人作成のページの数は自ずと決まってくる。書いている方からすると選択され、読んでいる方からすると選択するということになる。両方やっていると、選択し、選択されという関係。それが普通なんでしょうね。まだお会いしたこともありませんが、継続してください papageno さん。
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 夏休みをとっていた韓国・大宇証券の孫さんからメールが来て、「スピードの経済」の韓国での出版は、やるにしてももう少し先になりそうということ。今まで日本で出版された本を韓国で発行する場合には、韓国の出版社にとっては「1万5000部」が一つの分岐点だったらしい。韓国の人口は日本の半分以下ですから、日本に引き直して見ると結構な数です。まだそれだけ韓国で売れる見通しは立たないと言うことでしょう。確かに。

 前回孫さんと日本で会ったときには、今韓国で売れている日本の本として「いやなら辞めろ」(でしたっけ)を挙げていました。私は読んでないのですが、確か堀場製作所の社長さんの書いた本でしたよね(自信なし)。その理由は深くは聞いていませんが、日本の雇用慣行が変わりつつあることに興味を持てると同時に、自分達の経済(韓国経済)の変化と雇用形態の変化に韓国の人たちが興味を持ったと言うことでしょう。まあこれは、今度韓国に行ってもっと聞いてきますが。


97年9月17日(水曜日)

 ネット仲間とは感覚を共有することが多いけど、一部の人が言っていたり賞賛している以下のような見方には私は賛成できませんね。quote

「インターネットの世界で一番えらいのは間違っていてもいいから自分の考えやオリジナルな情報を発信しているやつ、一番ダメなのはただ読んで利用しているだけのやつ、最悪なのは批判だけするやつ」
 「えらい」。いやな言葉ですね。口の中に知らないうちに入った砂を噛んでしまったような。誰が決めるんだい。自分かい。周りの人にそう言ってもらったのかい。あんたはインターネットで発言しているから「えらい」って。あれは小学校の4年くらいの時かな。お婆さんの弟が本当によく我が家に来て、いつもかなり長い時間しゃべっていくんだけど、その中で今でも鮮明に覚えている言葉があるんだな。「その人がえらいかえらくないかは自分で決めるんじゃない。周りの人が決めるんだ」と。なぜだか今でもこの言葉は頭に残っているね。だから、ネット仲間の中から「インターネットの世界では発信しているだけでえらい」なんて主張が出てくると、身震いしちゃうわけです。違う、違う、と。

 「発信」? 何を。ネットにホームページを持っているだけの我々は、世の中動かすようなオリジナルな情報を発信してんのかね。「自分の考え」 ? 人様に聞いていただけるほどいつもまとまっているのかね。インターネットから情報を得て、せいぜい一日数百人なんてレベルではない大勢の人を対象に文章を書いたり、講演している人は「ダメなやつ」なのかね。私はそうは思いません。ただ読んで利用されるのが嫌だったら、迷わず有料化すればよろしい。どれだけの人が付いてきてくれるか。ただだから読んでもらえているのかもしれない。

 私自身は、もう20年以上文章を毎日のように書いてますが、これは自分の「特徴」かもしれないけれども、それが「えらい」とは全く思ってません。その「特徴」にしても、かなりの部分は先祖から授かったものにしかすぎないのかもしれない。「特徴」だったら誰だってあるでしょう。自分より優れた人間はいっぱい見てきたつもりです。だから、「インターネットで発信しているだけでえらい」なんて聞くと、「へえ、自信家なんだ」と思っちゃう。もうこれ以上書かないけど、上記のインターネットへの関わりでの人間分類は、「一番ダメ」の下に「最悪」があるという文章構造の不明確さ以上に、かなり断定的で、思慮に欠ける結論だと思います。文章を書きたくたって短時間にうまく書けない人はいる、コンピューターをやりたくたってどこかに障害があってできない人だっている。だから、私は賛成しません。いつも、「自分はなんぼのもんじゃい....」と、もっと謙虚にならないと。(もちろん、この文章には自戒を込めて)


97年9月16日(火曜日)

 ああ、もうここは陸の孤島か。それにしても、PHSの不自由さよ。またしても、トラブル。府中の立派な事務センターのオフィス街の真ん中にある研修所なのに、なぜか宿泊している小生の部屋からは、PHSが繋がらない。ビルのある特定の方向の部屋だからかもしれませんよ。しかし、部屋割りをしている担当の人に、「PHSが使えるサイドで.....」とか言ったら、「?????」でしょうし。で、携帯電話でメールチェックなど情報収集しているのですが、これが遅い。何せPHSの三分の一以下。これじゃ、アメリカの新聞を読む気も、ネット仲間のページを見る気もしません(と言いながら少し見ましたが)。不便ですな。携帯電話の汎用性とPHSの通信速度を持つ機械は直ぐにでも出来ないものですかね。

 これは一種の病気かもしれませんが、マーケットを長くやっていると本当に刻々のニュースを把握していたくなる。誰が何を言い、それがどうマーケットに響いたか。普段はどこにいても簡単に出来ますね。しかし、立派な個室のホテル並の宿泊所付き研修所なんですが、部屋にテレビはないし、隔絶されてます。「陸の孤島」ですね。
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 でもこの二年連続の「陸の孤島」にいて自己満足的に(失礼、他にやることがないので)一つ気が付きました。ああそうか、去年もこの同じ時期にここに来て、同じ思いをした。しかし去年とは違っていることが少なくとも一つはあるな〜と。その時はまだ自分の本を出版(翻訳本はありましたが)するというのは、一つの構想の段階だったわけです。「やろう」とは思ってましたよ。94年から思ってましたが。しかし、具体的ではなかった。出版社も決まってなかった。

 でも一年たって、まずまずの本屋には平積みしてもらえる本が書き終えた。だからやっぱし、前進したんでしょうな。ようわからんけど。文章を日頃書きつけている人間にとっても、まとまったものを書くというのは力仕事なんです。だから、この前会ったら「毎年一冊は最低」とか平気で言える水木さん(最近では「拒税同盟」の筆者。今度為替ディーラーの世界を題材にした小説をお書きになります)などは凄いと思う。時たま一冊ではなくて、自分スタイルの本を毎年書けるというのが凄いじゃないですか。本はお客様がいる話ですから、マーケットでどう評価されるかは、それこそ「mark to the market」なわけで、掛け値なし。本はたくさん売れればいいってもんじゃない。しかし、誰にも読んでもらえない本を書いていいってものでもない。

 でも数ヶ月間にせよ、一つのことに集中したということは、失ったものもあったわけです。当然それで取られた時間には、他の事が出来たわけですから。極めて珍しいことながら、書いてる最中はあまりお付き合いもしなかった(でもここの文章は結構続いた...と思います。面白かったからね)。欲張りだから、取り戻そうと思いますが、無理なものもあるでしょう。その時期にしかできなかったこととか。もうそれは仕方ない。でもふっと気が付いて、あの人には世話になったのに不義理したなと思う人が結構いる。そういう人には遅ればせながらですが礼をつくさなければならないと思う。人と人とのつながりというのは面白い。その時は何でもなさそうでも、ひょんなときにひょんな形でとてつもなく大きな形に発展する。だから人間関係は大事です。この前も書きましたが、「人」「間」ですから。
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 「人間関係」という意味では、ネット仲間との関係は従来の家族とか、企業の仲間とかじゃない面白い関係ですね。漂うのは「平等主義」です。一応歳だから「師匠」とか呼んでくれる人が多いけど、まあ言ってみれば oldest one of equals とか relatively influential person of members という意味以上のものはない。別にシステム的な上下関係があるわけではない。会社違う、育ち違う、年齢違う、性別違う。でも、なんか同じ事をしている連帯感があるんだよな。不思議だね。出来の善し悪しは別にして(^o^)。

 不思議なもの、は探求する価値があるよね。どうなるか分からないけど。一応、体感的に「ネット仲間」と考えているメンバーは15日のダイアリーに載せた連中だけど、メールをくれる人も仲間だと思ってますよ。同時代を生きている。だって、メールを2〜3回往復させるとものすごく親近感をもてる人っているでしょ。あれは、サイバーじゃなきゃできない事で、面白いわけですよ。面白いことは楽しんじゃえば良い。楽しんでいるうちに、何か生まれるかもしれない。やばそう、と思ったら止めればよい。最近思うんだけど、インターネットというと情報収集手段とか、広報手段とかいうけど、最後はそういう機能を残しながら community space になるんじゃないかと。いくつかの community space に参加すると、一つ一つの community に割ける時間は少なくなるから希薄になるけれども、幅は出来る。それがその人その人に何をもたらすかは知りません。まだ。

 一年後の私やあなたはどうなってんでしょうね。クリスタル・ボールがあれば面白いのにね....山内さん


97年9月15日(月曜日)

 変化は人を刺激しまんな〜。昨日は連休の真ん中の日で「あそび」と思って、文体を変え、フォントを一つ大きくしたら、「目が覚めました」というメールをくれた岸川さんがいるかと思えば、「フォントがベルデさんみたいになっている....意図的ですか」とわざわざ聞いてくる内藤君がいたり。そうか、大部分の人は小生が遊んでいるのか、間違ったのか疑心暗鬼だったんだ。直接的にこの件でメールをくれた二人は、「伊藤さん、もしかして間違えたのでは...」と親切に思ってくれたというわけか。many many tks。(^o^) この二人は優しいんや。

 連休の真ん中、しかも天気が悪いとなれば、みんなだれてますやろ。ぼーとして。せっかくの3連休なのに、だれてちゃしょうがない。そこで一計を謀ったのです。テレビでおもしろい実験をしていたそうな。もう絶対直らない(と医者が診断した)病人に、毎日ジョークを聞かせた。そしたら、心身の働きが活発になって、その病人はなんとすっかり直ってしまったというのです。まあ、まれな例でしょうが。人の気持ちを活性化させるのは、「びっくら」ごとであり、ジョークなんてのはその上品なやつでっしゃろな。いつも同じ顔して人に会うのはよくないな。毎日の文章もそう。過剰(^o^)に変えるのも、考えものだがね.......。

 景気もそうでっせ。ぐだぐだ下らないことを話しているより、システムや製品や、そしてサービスにとにかく「変化」を引き起こすことです。くだらん議論していてもだめ。実際に変えないと、人の気持ちも変わらない。恋愛もそうですな。いつも同じ自分を見せていても、だめ。いろいろな自分を見せないと。ね、ボブちゃん、バブちゃん。変化で相手の心を活性化させ、好奇心を抱かせるように....しようね。(余計なお世話か)

 連休の合間で普段ならメールが少なくなるのに、異常に多かったな月曜日は。一風変わった文章がトリガーになった可能性あり。ニューヨークの藪中さんはだんだん調子が出てきたね。文章論に及んで、内藤君のDIARYを引用しながら、「自分の文章は彫刻」という結論。引用しちゃお。自己顕示の方向が鮮明になってきたから。

 藪中です。普通まとまった文章を書く時、そのタイプが二つにわかれる。一 つは、まず、頭の中にかなりはっきりした構想があって一気に書くタイプ 。もちろん、後で手直しはするでしょうが。(中略)もう一つのタ イプは、構想があやふやでも、とにかく書いてみる。書きながら考える。 書きながら、グラフを作ったりして、やっぱりこれはやめたとかいって手 直しする。いろいろ手直ししている内に、なんとなくまとまったものがで きてくるというタイプです。

 で、私は後者なんです。この二つのタイプの 違いは、もう知能指数の違いかと思っていた。もちろん、前者の方が知能 指数が高い。伊藤さんは完全に前者でしょう。ところが、たまにち ょっと覗きに行く伊藤さんの御弟子の内藤忍さんの日記におもいしろいこと が書いてある。後者のタイプを「彫刻」と表現している。これは、私にと って気分の良い、やる気の出る表現ですね。私は自分のレポートを「彫刻」、 つまり、「芸術」なんだと思うことにします。え、芸術だったら、もっと人を感動 させるものを書けって?、でも、芸術は自 己満足が最も重要なんです。

 ははは、自分の文章を「彫刻」「芸術」と呼べる人も凄いね。このメール文には、一つちょっと書き過ぎ、というか評価し過ぎのところがある。私も結構後者のタイプです。構想は練ります。骨格は変わらない。しかし、文章を書き進むに従って、内容は大きく変えます。今回の本なんて、実はあの本と同じ分量くらい書き直している。藪中さんの文章は、あちこちで読ませてもらってます。そう文章は読まれなければ文章でない。この意味では、文章は自己満足ではだめです。これは私の信念。ウーン、でも藪中さんのレポートはさておき、DIARYは一夜漬けでんな。一夜漬けは、「彫刻」「芸術」には遠い。できの良いのと悪いのはあるけどね。

 北村さんからは、心の旅路メールで書評(「スピードの経済」に対する)をいただきました。many many tks。この人の文章とページは綺麗でっせ。それこそ「芸術」「彫刻」。こういうのを芸術的ホームページっていうのだろうな。ともみちゃんからは、「文章届きました。今度一緒にラーメン食べましょう」とか言ってくるし、「日本××銀行 市場投資調査部 市場調査班 円プロダクト担当」(なげえな)からは、「麻雀、しばしお待ちを....」なんて言ってくるし。なんもない連休より、ちょっと遊んじゃったって感じかな。ニューヨークの「toddd」さんからは、全然知らない人ですけど、「I wanted to be a F/X trader.」で終わるメールをもらいました。ニューヨークのレストランに勤めていた人らしい。
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 明日から会社か、と思っていたら、研修出張だと思い出しました。16、17と。人の話を聞くのは好きなのです。話術、内容。自分がしゃべるときに参考になる。ウーン、VAIOをもっていくかどうか考えるな。メール・チェックがあるから、持参ですかね。もっていったら、明日もこのページは更新されます。では。(ところで、Pacoちゃんのページ見たら、「一度麻雀やろう」と打ったメールがどでかいことに発展しておるな。anytime and anywhere。いつもニコニコ現金払い。え、まじめな奴はいやだね、普通の食事会が「怪しい会」だと。3連休には、一本おもしろいビデオを見たね。「雀魔 アカギ」。ちょっと笑ったね。このビデオには。もう一本は、クロウ2で気持ち悪かった。何か良いビデオないかな.....。)


97年9月14日(日曜日)

 ネット仲間の日々の文章にも、いろいろとタイプがありまんな。若干露悪趣味で、しばしば脱線して何を言っているのか分からないものの、しかし2〜3日読まないと「おっと、あいつ生きてんのかな」と思うPaco Chinoタイプ(それにしてもあのフォントの大きさは、20年後に役立ちそうだ)もあれば、日頃のしゃべり口をそのまま文章にしたような不思議な文体のNORIKOスタイルもある。一方、相場観をくるくる変える典型的なディーラー・ダイアリー・タイプのWAGON型。ラーメンが好き、ってのもディーラーだね。

 自分はスマートで感情が文章に表れるはずがないと思っていながら、その時その時の感情が丸見えなのがshinoby君とばぶちゃん(この二人は同期だって)ので、「お、こいついまこういう精神状態か」と読めちゃうんだな。精神的に詰まっているのが見えると、つい他に話題を見つけて様子伺いのメールを出したりして。わかってんのかな〜〜。ばぶちゃんのフロント、最初はなんだかわかりませんでしたぜ。いつも「しら」っとしているのが、shiraちゃんと、寒い国から来た預言者君だね。自分を「預言者」と呼ぶのも相当なもので、あっしにはできまへん。それを平気でやるわけだから、まだ会ったことないけど相当な玉だと分かる。shiraちゃんは、さすがlast resortってえ落ち着きがあるわな。彼はなんといっても、銀行の中の貴重な人材を外に排出する度胸があるのがすごいね。なかなかだせるもんじゃない。あれは。文章も、より多くの人に読んでもらおうという努力のあとがある。でもあの「家内」ってえ表現はちょっと場に馴染まないと思うね。趣味の問題だけど。

 ぼぶちゃん(「ばぶ」じゃない)はあれだけしゃべるのに、「毎日は無理です....」ってさぼってばかしなのは不思議だな。しゃべる調子で書けば、すぐ毎日になると思うだけど。ときめき(^_^)(^_^)はどうしましたか。加藤さんは、岐阜からちょっと重い玉をしばしば投げつけてきまんな。うーん、でもちょっと距離感があるね、地理的なものか、発想的なものかは分からないけど。ワシントンにいても距離感がないのが、山形のかな。まあ、ワシントンからテレビ中継に出るくらいだから、距離感なしだわね。最近やっと日にち部分が赤くなって日々の切れ目が見えてきた。それまでは、「一日がこんなに長いのかよ....」って感じだったね。この前の会合ではおされっぱなしだったひさちゃんは URL 聞いたら自分でも答えられなかったから、あんまり力入れてないんじゃないの。テスちゃん、文章を比較できるほど題材がないんだけど.....。ああ、もう疲れた....。ぎょうさんおりまんな。

 はいここで質問です。これらの文章をほぼ毎日読んでいる人 ?????勉強になる文章、楽しめる文章、反面教師の文章、いろいろありますやろ。でもあんたはん、相当時間や機械が自由になる人(^o^)デンなあ......
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 ニューヨークからメールと思ったら、出張した古川君からでした。ニューヨークから小生のこのページを AOL 経由で見たとある。

伊藤さん お元気ですか。 私は、昨日(9/12)から出張でニューヨークに来ています。

今、AOL経由でインターネットにアクセスし、伊藤さんのHPを 読んでいたところです。便利になったものですね。旅先、特に海外にお いて実感します。

ところでニューヨークは8年ぶりですが、すっかり綺麗に、そして安全 な街になっていて驚きました。景気が良いのでしょう。

 「8年ぶりのニューヨークが綺麗で安全な街」と感ずるくらい、この7年間の景気回復は力が強かったということでしょうか。しかし、ただ回復しただけではない何か精神的な影響が今回のちょっと息の長い回復にはあったような気がします。「他律的な回復」から「自立的な回復」への。他律的な回復とは政府などの措置に依存した。自立的とは、経済の内なるパワーを引き出したという意味で。長続きするのは、後者でしょうね。アメリカ人の精神によい変化がったとしたら(事実犯罪も激減している)、その秘密はなんだったんでしょうか。小生が興味があるのは、「犯罪が減った」ということなのです。普通、日本で「アメリカ型の資本主義」を考えると、犯罪は増えそうなのみ....。調べてみる価値ありでしょう...。


97年9月13日(土曜日)

 20日から香港でG−7が開かれますが、米政府は日本の黒字を本気で取り上げるつもりのようです。金曜日のウォール・ストリート・ジャーナルには次のように記事がありました。

 WASHINGTON -- U.S. Treasury Secretary Robert Rubin Friday said Japan's huge and growing trade surplus would be a key topic of discussion when he meets with his Japanese counterparts at the Group of Seven (G-7) meeting next week.

"This is a very important challenge for both the U.S. and Japan," Mr. Rubin said.

When asked if he thought that the Japanese trade surplus would increase on a sustained and significant basis, Mr. Rubin said he couldn't answer that question but he looked forward to discussing how the Japanese would achieve their stated goal of promoting a domestic demand-led economic recovery.

"We would get a much better sense of what they are planning to do at next week's meeting," Mr. Rubin said.

 まだ続きますが、これだけ読めば十分でしょう。こういう圧力が目に見えている限り、ドル・円はなかなか買いにくい。どうしても先週後半の市場のように、マルク・円を買う動きになります。ドイツの方が日本より金利は高く、しかし一方で為替レートが人為的に動かされる可能性は少ない。もっとも日本の景気の先行きにこれだけ悲観論が強く、かつ金利も実際に低いと、多少のアメリカからの圧力では円高の勢いも円安の圧力に押されがちです。かつ重要なことはアメリカの姿勢は円高誘導にあるのではなく、日本に約束どおりの「内需主導の成長」を求めていることにある。つまり円高は本線ではなく、市場が複線として勝手に解釈してもたらすかもしれない圧力に過ぎない。まあ、この辺の詳しいところは昨日のnews and analysis のpdf版に書いてありますから、そちらを参考にしてもらえれば良いと思います。
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 3連休とはありがたいですね。今日もどこか気分からしてゆったりできた。数週間週末がかかる出張が多かったので、この3連休はナイス。金曜日の夕方から結構本を読み出していて、最初に読んだのが「都会のカラス」の新書。新書はあっという間に読める。今読んでいるのが「英語の感覚」。ビデオもゆっくりみれるし。14日にゴルフに誘われたけれども断ったから、あと二日はなにもなく休めるという訳です。金曜日には楽しいメンツでちょっと深酒しましたが、夕方にはだいぶ快調になりやした。
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 山口さんからは、先週ベランダ食事会をした「月の庭」に関していくつかおもしろい話題をもらいました。
  1. 「月の庭」は潟Oッドコックが経営するレストランで、最近では一番のヒットのようです。同社は他にも渋谷・六本木の居酒屋「ほの字」や、開店20年近く経ち尚最先端の驚異的なバー原宿「bloomin'」等を幅広く経営する会社です
  2. 興味深いのは、調理場やウエイターが殆ど全員アルバイトを置かず社員と言うことで、モラルの高い運営を実現しています。女性トイレの歯ブラシは社長の足立氏の日常から編み出されたアイデアです
  3. 本社は月の庭から徒歩圏内にあり、オフィスの中にキッチンが備えてあり、常に新メニューの研究開発を行っています。新しいメニューが出来ると社員一同で試食会を行い、更に改良を加えるそうです。とにかくどの店にも共通して言えることは、食に対して真摯な態度で取り組んでいることです。月の庭も客席まで熱意が伝わってくる気がしませんか?
 ということだそうです。確かに。「いろいろ書きましたが私は同店の回し者でも何でもありません。本職は半導体製造装置のマーケティングです」とのことです。店を知れば、またその店に行く楽しみが増える。tks 山口さん。


97年9月12日(金曜日)

 今日はちょっと面白い実験をしました。つまり、会社に何も持たずに出社する(^_^)(^_^)実験です。いつもは必ず最低FD数枚が入った鞄を持っています。その中に資料なども入っている。しかしあまり好きではない。特に木曜日や金曜日に鞄を持つのはあまり気分の良いものではない。外で遊ぶときには手ぶらでいたい。ネットワーク社会が進展していく中で、いつも手に持っているものが多くなるのはおかしいと思うわけです。小生の友人の中には、ラップトップやモバイルを持って会社に来る人もいる。私もラップトップをもって移動することはあります。特に出張の時。しかし、重いですね。

 そこでどうやったら手持ちの荷物を減らせるかを考えたのです。二つの方法を取りました。一つは朝会社に行く直前に、その日必要なファイルを自己メールで添付する。インターネットはNiftyserveなどと違って自己メールができる。そこに添付しておく方法です。mimeを指定しておけば、あまり問題ないことが多い。もう一つは、必要なファイルをプロバイダーのサーバーに新たな directoryを設けて、そこに落とす。会社に出社したらそのファイルを引き出して必要な仕事をする。具体的には、news and analysisです。この文章は書く日の朝にはある程度は出来ていますが、final touch は会社でしますからやはり会社のコンピューターで開けないといけない。

 結局今日は、絞りに絞って背広一つと手帳、多少のお金で全く手ぶらで出かけよう.....としました。しかし、手に残ったものが一つだけある。移動電話です。これは手放せない。従って手には移動電話と新聞だけもって出かけたのですが、この「移動電話」なる代物、早く胸のポケットに入って、しかも安くならないですかね。これさえ小さければ、ほんとに何も持たずに出社できる。データはネットのどこかにあって、アクセスできるという環境になる。

 むろんプロバイダーと契約している容量の問題はありますし、サーバーの安全性の問題もある。しかし、自宅にあるコンピューターの一台をサーバーにすればこの問題はかなり解決できる。資料はどうしたかというと、よく考えたら家で見て、また会社で見る資料なんて少ないんですよ。案外インターネットから印刷したモノだったりする。そしたらそれはまた開けばよい。何も持たずに出社するというのは気分が良いですね。しばらく続けて、「ネット」を最大限活用しようと思っています。小生のプロバーダーは何時間使っても同じ料金ですからテレホーダイの間にいろいろな事をすれば、お金もあまりかからない。
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 あともう一つ考えたのですが、お客の指定でソフトウエアを組み込み、そのパソコンをリースするなり、レンタルする業者というのは現れませんかね。これが出来たら結構高くても利用するな小生は。出張でパソコンを持ち運ぶのにはうんざりしてるんですよ。ホテルもそうしたことをやれば良いの思うのですが。小生としては、vaioを自慢したい気持ちもありますが、あれが500グラムになったらもっともっと良いと思うわけです。パソコンよ、軽くなれ.....!!!!!


97年9月11日(木曜日)

 ネット社会が進展したとき、国家の役割がどうなるかはなかなか面白いテーマです。身の回りで起きていることからしても、様々な意味で国家がその役割のいくつかを低下させ、非国家的、または超国家的な組織やサークルに譲るであろう事を予感させる。それが良いことかそれとも承伏しがたいことなのかは別にして、たぶんこうなるだろうなという方向はいくつか見えている。

 例えば、デジタル情報の管理です。ネット社会の情報を瞬時に世界を駆けめぐる。しかも情報の授受コストは著しく安い。ある国が特定の情報を管理しようにも、国家の出来ることは極めて限られてくる。例えば、今のように通信ケーブルを使って情報が行き来している時代はまだ可能でも、衛星を使って直接端末が情報をコンピューターに送り込む世界では、情報の国家管理はもう無理です。国家組織はこの情報に対するコントロールを失うことになる。

 ではコントロールは誰が出来るのか。どうしてもデジタル情報の中には特定の集団に対して一時的にせよ晒さないでおいた方が良いものがある。例えば子供に対する一連の情報などです。この場合は家庭はある程度出来る。親がコンピューターをその種の情報が見れないようにセットすれば良いし、通常しているように子供の日常行動の中から、その種の情報に対するアクセス機会を奪えばよい。無論、国家はデジタル情報に対するコントロールのかなりの部分をなくしても、国内で発行される雑誌(アナログ)などに対する管理権を維持することは可能だし、そうするでしょう。人々が情報を得る手段としてはアナログがまだ圧倒的だから、デジタル情報に対するコントロールを失っても、国家が直ちにその権力を失ったとは言えない部分がある。

 子供に対する情報を限定するという問題で、情報発信サイドで何か出来ないでしょうか。例えば、国際的な団体を作るとか。しかし多分、これはうまく機能しないでしょうね。国家のように法執行機能をもっているわけではないので、任意団体になってしまう。もちろん、ダイアナさんの事件を振り返っても、「世論」の持つ力というのは強い。少なくとも一時的にはパパラッチを抱えていた(事実上)タブロイド新聞のベヘービアーは変化した。しかしそれを国家のように永続的に監視できるかというとこれは難しい。

 国家に対して経済的に影響が出てくると思われるのは、所得分配機能の低下です。ネットワーク社会では、少なくとも企業はその税率に従って所在地をかなり自由に変えられる。ということは国家単位では高い税金は競争力の低下につながるから出来ない。ということは、国家財政は制度間競争的側面を考えると膨らますことが出来ないということです。ということは今の国民国家が本質的にもつ「所得再配分」的な機能は低下せぜるをえないということです。ではどうするか。経済の活力を維持するためには制度間競争の中で競争力を維持しなければならないが、としたら当然国家が行っていたいくつかのサービスは維持が不可能になる。その部分を誰がするのかという議論になる。かなりの部分は民間がやることになるでしょう。しかし、それも出来ない貧しい人が生まれた場合はどうなるのか。これは今日昼飯を食べながら木村さんといろいろ話した問題です。うーん、難しい。だから当然このコーナーで語り尽くせるような問題ではないのですが、こうした問題意識の記事がしばらくしたら日経さんの「2020年からの警鐘」(でしたっけ)に載るらしいですよ。まあちょっと事前に考えているのです。
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 久しぶりに内藤君と食事をし、酒を飲みました。内藤君と同じ会社の中村ちゃんとも。中村氏も昔からよく知っている。久しぶりに会ったといっても、ネット上では常に顔を会わせているので別に違和感はないものの、まあでも目と鼻の先にいて冗談を言い合える環境と、数十キロ先にいて細い線だけで繋がっているのとでは違う。まだ新しい会社に行って2ヶ月ですか。仕事もイントロで、これから本番という状態のようです。とにかく業容の拡大は凄まじいらしい。中村氏がシュローダー投資顧問に入ったのは3ヶ月前。その時の陣容は60〜70人。それが今は100人前後に増えているそうですな。資金も、中小の生保に預けておくよりはということでかなり入ってきているよう。

 それにしても全社員の30%は過去3ヶ月に入った人々、というのは凄まじいですね。無法地帯(^_^)(^_^)になっているのですかね。3日に一人全く知らない人が入社してくるということでしょう。聞いていて面白かったのは、日本の会社というのは出社すると「昨日の野球はどうこうした....」というような会話から始まりますよね。それが全くないのだそうです。直ぐに皆仕事に取りかかる。しかし夕方は指標があるなしに関わらず帰ってしまうそうなのです。随分仕事の進め方が違うらしい。聞いていて「へえ」と思うことがいくつもありましたね。ところ変われば.....。

 KITCHEN 5 の優子さんと忍ちゃんには久しぶりに会いました。食材収集・料理研究旅行から帰って8月の末に店を再開していたのですが、ちょっと私は昨日まで行けなかった。頼んでおいたので、おいしい酒もほんのちょっとだけですが残しておいてくれた。食材もまだ新鮮なやつが多くて、3人で満足の食事でした。またしばらくおいしい地中海料理が楽しめるというわけです。中村氏の連れ合いがフリーラーターを始めて仕事を見つけるのに難渋しているというので、いくつかアドバイスしました。無論、インターネットにホームを設けることも提唱しておきましたが........。


97年9月10日(水曜日)

 (^_^)(^_^)天候に恵まれて、写真はまずまずに撮れているのではないでしょうか。まあ、これは私が判断する問題ではないのですが。まず入り口。左上の写真です。変わっているでしょう。まるで、京都か何かの印象。大きな暖簾。これが店の雰囲気を独特なものにしている。落ち着いた良いレストランであることを入る人に知らせてくれている。入って直ぐ右側にバーがある。ここがなかなか良い。ここにいるバーテンさんのうち一人は、なかなか話題が豊富です。特にカクテルの。カウンターに座ると、庭が一望できる。直ぐ外では、鈴虫が鳴いている。本物です。

 二番目の右側の写真は、この店のバーから庭と奥の店を見たところ。今は夕方の7時30分過ぎで、これから夜が始まる雰囲気。そう灯りがその輪郭をはっきりさせつつある。正面入り口を撮影してから大体一時間が経過している。この店の売りは、「豆腐」です。各種「汲み上げどうふ」。アボカドと一緒に食べるやつ、煮やっこと呼ばれる豆腐、そしてプレーンな豆腐。煮やっこは夏や冷やしてあり、冬は温めてある。温かいものと冷えたものを交互に食べるのがこつです。(^_^)(^_^)

 「ベランダ」と書きましたが、この店のベランダには四人席が二つあって、「ベランダで」と予約できる。雨の日はどうするか。その時は中に席が用意されている。なかなか出来た店です。生野菜のサラダも豪快ですね。これに付ける味噌が美味しい。どうやって作るのかと聞いても教えてくれない。これと同じ味噌を作るのはかなり難しいでしょう。この店は私の記憶では午前の2時までやっている。だから、かなり遅くても大丈夫。でもこの店に酔ってきた人をあまり知りません。「西麻布」という場所柄でしょうか。

 こんなことをやっているからいろいろな店から「営業部長」とか呼ばれるんでしょうな。しかし、同じお金を投じるなら、気分の良い店で店員さんとも知り合いになって食べた方がいいじゃないですか。店の人と知り合いになっているかどうかは、そのレストランが楽しめるかどうかの大きなファクターです。好きになったらしばらく通ってしまう癖があるのは、その為でしょうか。むろん、デメリットもある。同じ店にしか行かなくなること。開拓には時間とお金がかかる。

 良いと思った店でも、板さんやシェフが変わって味が変わってしまうことが往々にして(^_^)(^_^)あります。最近も一つあった。そうした時はどうするか。味もいつも CHANGING ですし、こちらの体調もある。その時はまた新しい店を探すんですな。しばらく行かないで。レストランにも旬がある。この旬を長く続けられる店は、経営と現場の意気が高いところです。こういう店は長持ちする。店にも栄枯盛衰がある。店も料理も光っているところが良い。おっと、最後になってしまいました。店の紹介が。店の名前は、「月の庭」です。

 おっとメンバーも紹介しましょうか。ばぶるばすたーNORIKOしらひさだ各位がホームページ保持者。あとは、某銀行の女性軍で、大塚、仁田、津村(ドニーチョさん)の各女史。おっと、これだけ揃うとベランダが落ちそうだ。重いのは誰だ。(^_^)(^_^)
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 インターネット・エクスプローラーの 4.0 preview2 とアドビのアクロバットが相性が悪い問題は、当面はエクスプローラーの製品版が出るまでは解決しそうもありません。昨日アドビの日本法人に聞いたところ、「アドビとしても対応は検討しているものの、それが何時になるかは不明」とのこと。まあ、エクスプローラーの最終版が出てからと思っているのでしょう。多分、これは私の推測ですがマイクロソフトのほうで対応するものと思います。今どきPDFと相性が悪いのではブラウザ失格ですから。


97年9月09日(火曜日)

 私自身のインターネット・メールの機能は正常に戻りましたが、日経産業新聞のメーリング・リストは急死、おっと「休止」したままで、メールが少ない一日でしたが、考えてみればメーリング・リストが始まる前はこんなものだったし、一日のメールの数はせいぜい5〜6通がいいと思っている小生にはちょうどいい感じです。ただし再会するMLにはまた参加するつもりでいますが。メーリング・リストも参加者の発言すべてにコメントするのは面倒。しかし、行き交っている会話や情報は非常に面白いものがある。時々参加できればハッピーですね。あとNiftyserveのPATIOにも一つ入っているのですが、こちらはアット・ホームな感じでよい。ついこちらの方が発言が多くなりますね。そう、おしゃべりに良いから。

 でも自分で実際に事故に巻き込まれたから痛感するのですが、ネットワーク社会というのは脆弱と言えば脆弱ですね。今回の事故なんか、大勢の参加者のたった一人の、しかもその人が所属する会社のシステム管理者がたまたまその人の人事異動に伴う新メールアドレス割り当てを忘れただけで起こった。つまり、参加者に悪いことをした人が一人もいない。まあ、個人的なMLを会社のシステムを使ってやっていたと言うところに問題がるのでしょうが、このMLは日経産業新聞のMLだから、仕事に役立ってもいたんでしょう。でも、サーバーが何層にもなっているとメールが変な時間に動き出したりと、結構複雑のようですよ、システムも。
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 転職ばやり。私のfriendsのコーナーに登場してくれている河野君が第一生命経済研究所に転職。「ポートフォリオ・マネージャーから主任研究員」への転身。まあ彼はもともと大学でも経済学を勉強していた人間だし、日本に為替のマサチューセッツ・アベニュー・モデルを広く紹介したりでその方面の仕事が多かったから、良い方向の、つまり自分の目指す方向と合った転職ではないでしょうか。その河野君と今日は赤坂のざくろで昼飯を食べましたが、まあご馳走しますわね。くずきり(^_^)(^_^)付きで。おめでとうと。そうだ彼のプロフィールを変えないと。

 転職と言えば私の周りでは、先に内藤君がしました。彼はポートフォリオ・マネージャーの道を選んだ。まあ、彼の書いたものを読んでいると、転職したからといって特に人間が変わったという印象はない。同じようなことに悩み、同じようなことに興味を持っている。人間は働く職場ではないという気もする。しかし、一日のうちかなりの部分を占める職場が、自分の興味が持てる、楽しい場であって欲しいと思うのは誰でも同じでしょう。だから、そうした環境が得られると思ったら動けばよろしい。新しい世界が開けることは確かです。

 一つの世界に長くいると、誰かがその会社に移るとなると必ず行き先の会社に私の知り合いがいる。別に日常的につきあっているとかいうんじゃないが、2〜3回会ってメシでも食えば結構親しくなれる。そういう人は各社に一杯いるわけです。誰かがそこに移るというと直ぐ紹介できちゃう。これは結構嬉しい。第一生命にも居ますね。もう何人かは河野君に紹介しましたが。人間は結局人の中で生きている。人と人とのつながりは重要です。
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 ところで読者の中に知っておられる方がいたら教えてください。今度内藤さん達と韓国に行くのですが、そこからもホームページを更新したりの実験をしたいと思っています。環境は、小生が自分のVAIOを持ち込みます。韓国の通信事情に詳しい方、韓国から発信した経験を持っている方がいらっしゃったら、教えていただきたい。私のラップトップと韓国の通信ラインを結ぶものがあれば問題解決でしょうが、それに関してアイデアがない。プロバイダーのグローバル・ローミングを使う手もあるのですが、いろいろな可能性をチェックしておきたいと思っているのです。一つ心配は、VAIOは海外仕様ではない点。その場合はコンパックを持っていきますが、重さが違うからちょっと気力が失せる。any idea ???

 あと一つ今日は「予告」。うーん、今日は楽しいベランダ食事会の予定があって、そこからそのレストランを実況中継しようと思っています。デジカメを持ち込んで。お月さんが撮れたらそれも。うまくいったら、午後8時ごろには一つか二つ綺麗な写真がこのコーナーに登場すると思います。海外の方々には、うーんこんなところもあるのか.....と。お楽しみに。メンバーの写真も載るかも.....!!


97年9月08日(月曜日)

 週末に私のメール・ボックスがいっぱいになってしまった理由が判明。やはり、主原因は日経産業新聞メーリング・リストのループ・メールでした。土曜日に「なにかおかしい」と思っていたのですが、今日正式に詫びメールが日経の担当者から送られてきた。といっても、原因を作ったのはメーリング・リストに参加しているあるメンバーの人事異動にからんで、その会社のシステム管理者が新メールアドレスを割り当てなかったこと。ループ・メールにぶちあたったのは今回が初めてで、小生も焦りました。まあ、説明は詳細を掲載するほどでもない。えらく長い文章が届いていますが。

 私のブラウザの設定も、ちょっと full を引き起こしやすいものになっていた。あちこちで、メールを開けるのです。会社でも、そして家でも。会社で見たメールを「サーバーから削除」すると家で見直せない、その逆もまた真。そこで、使っているブラウザをすべて「サーバーに残す」にしておいたのです。そこに、日経産業のメーリング・リストから大量のメールが入ってきた。そしてパンクしたというのが真実のようです。

 プロバイダーの話によると、メール・サーバーは最高4メガに設定されている。しかし、2メガで警告が出るのだそうです。私の場合は149通がたまっていた。添付資料などがあると、150通くらいで2メガいってしまうとプロバイダーの方はおっしゃる。「だったら3メガで警告を出すようにしろ」と思ったものの、ためた小生も悪い。そこで、家で使っているブラウザの設定を「サーバーから削除する」にして、いったん全メールを出して問題解決。しかし、皆さんはどうしてるのかな。私のようにFDしか普段持ち歩かない人間には、重要なメールを一々ファイルにして持ち運ぶのが一番なんでしょうかね。でも今回分かったのは、「MAIL FULL」のメッセージを受け取った人は相当焦るらしい。拒否されたような感じを持って。失礼、NORIちゃん
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 「日本人は何をしているか」に関して、いくつか見えてきたモノがある。土曜日の日経には、おしゃべりにお金を使う若い女性の話が特集で出ていた。面白いねえ。新宿高島屋にしろ、その他の新設のデパートにしろ、女性モノ売場を大拡張したら、若い女性のお金の方向は別の方向を向いて、おしゃべり資金になったとは。彼女ら、従来より月2万〜3万円をおしゃべり(携帯・移動電話を使ったりパソ通やポケベル、伝言ダイヤルなどの各種通信装置)資金に回すようになったのだという。

 衣類だって一つのコミュニケーションの形です。自分を表現し、それを他の人に見てもらう。自分の着ているものにコメントしてもらってうれしがらない女性はいない。コミュニケートを求めているのです。ウーン、日本の男はそこが分かってないな。それも一因かもしれないが、女性はもっとダイレクトにコミュニケートし始めた。男のコメントなど待っていられないと。電話やポケベルなど、安くなったツールを使って。「何している」「今中野に着いた」.......と続く。

 考えてみれば、カラオケはコミュニケートしているようで、もの凄く孤独な遊びです。歌わないとせかされる、他の人が歌っているときは残った人達は会話せずにただ合わせるだけ、その間に自分の次の歌を考える。まるで「いっき飲み」のよう。そう私もだまされていた。調査をすると、「いっきをしている間は、喋らなくて良い」という答えが多かったという。なんと寂しい。その点、「CALL→RESPONSE」は日本人のコミュニケーションが一歩進んだ形かも知れない。

 考えてみれば、日本人はものすごくおしゃべり好きだったはずです。井戸端や居酒屋での際限のない話。でも井戸端や居酒屋で話す内容もちょっと希薄になった。社会構造が変わったからです。今時会社の話を延々としても楽しくない。近所のおばあちゃんのうわさ話もね。ツールが安くなった分、遠くの親しい友達といくらでも話が簡単に、かつ時間を選ばずに出来る。それが、おしゃべり文化の始まりを指し示しているのでしょう。本来、おしゃべりは楽しい。動物の中で、恐らく人間だけが持っている楽しみです。極めて人間的な営み。

 だとしたら、この産業はもっと伸びるでしょうな。いろいろなコミュニケーションの形が発展するに違いない。どんな産業も出てきた時は胡散臭い。しかし、あたらしく出てきた産業を見守る姿勢も必要だと思います。


97年9月07日(日曜日)

 エルトン・ジョンは好きでしたね。無論、CANDLE IN THE WIND は「GOODBYE YELLOW BRICK ROAD」(東芝EMI)の中に入っていましたから、よく聞きました。葬式で彼がこの曲を歌っているのを聞いて、直ぐ昔の古いアルバムを引き出しました。もう10何年も聞いてない。LPというやつですから、これを今聞くのは大変です。プレーヤーがいかれている。(しかし、日曜日レコード屋で CD を見つけました) LPの表紙にはマリリン・モンローの写真と歌詞があって、この葬式で歌詞をどう変えたか興味があったのです。一度聞いたんでは分からない。英紙「タイムズ」のページを見たら直ぐ出てきた。原詩の方は小生がアルバムから見て打ち、改訂詩の方はタイムズのHPからCOPY AND DROPして昨日のDIARYにしたというわけ。

 CANDLE IN THE WINDは、アルバムによれば3分49秒の曲です。「CANDLE IN THE WIND」の日本語の訳は、「風の中の火のように」となっているが、これは英語のニュアンスとはちょっと違う。副題に「孤独な歌手、ノーマ・ジーン」となっている。確かに。ダイアナも孤独だったでしょうね。しかし、ノーマ・ジーンと違うのは、ダイアナには二人の子供がいた。その分だけ、幸せだったかもしれない。ダイアナの棺の後ろを歩きながら、チャールズは何を考えていたでしょうか。ダイアナの弟は、しっかり聞いていたわけではなかったのですが、言いたいことがいっぱいあったように見受けられた。人々から注目されると言うのは、その人の精神状態を常に緊張させる。これに耐えられない人もいるでしょう。ノーマ・ジーンも自分でない自分を演じるのに疲れたのかもしれない。ダイアナは、もしかしたら自分らしい自分を演じられたかもしれない時間を獲得する前に、死んでしまった。
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 ところで、これは明日の news and analysis で取り上げようと思うのですが、グリーンスパンFED議長の金曜日のスタンフォードでのスピーチはなかなかおもしろい。米連邦準備制度理事会のホームページにありますからそれを読んで頂ければ良いのですが、この会議にはミルトン・フリードマンも出席していたようで、グリーンスパンの最初の方にそのことに関する言及がある。

 フリードマンといえばマネタリストの代表的学者ですが、グリーンスパンはアメリカの金融政策を策定する上で、policy rules と discretion をいかに使い分ける必要があるかをひとしきり歴史を回顧しながら説明している。ボルカー時代に M1 中心に金融政策を運営した時期、そしてそれが M2 に移行したこと、さらにはそれも怪しくなって現在のような短期金利を中心に据えた考え方をするようになった経緯など。当時を知っている人間にとっては懐かしい。

 今回の講演録を読んでいて、グリーンスパンという人は本当に勉強熱心な人なんだと思いました。discretion ばかりで政策運営をしてはいけないので policy rules を作ろうとするが、作る度に変更を余儀なくされる、と次のように述べている。

 The monetary policy of the Federal Reserve has involved varying degrees of rule- and discretionary-based modes of operation over time. Recognizing the potential drawbacks of purely discretionary policy, the Federal Reserve frequently has sought to exploit past patterns and regularities to operate in a systematic way. But we have found that very often historical regularities have been disrupted by unanticipated change, especially in technologies.
 M1の時はなにがあったかというと、NOW account の登場。これで M1 は通貨政策策定大きな目安からは外された。次の M2 も債券や株の mutual funds の登場で指標性を失った。つまり、unanticipated change が policy rules を常に見直す必要性を生んでいるというのです。では今はなにが中心か。今でも迷っているというのが、彼の正直な気持ちでしょう。「入手できるデータが、過去の経験にただちにはうまくマッチしない事態を分析し、そうした事態に対処せねばならない」との言葉が見られる。

 それが実体だと思いますね。経済活動を支えるテクノロジーは日々変わっている。ものの値段も、ものの品質も大きく変わっている。グリーンスパンが言うように、モノの値段も正確には捕捉できない時代。にもかかわらず、10年も20年も前に打ち出した学説に固執して今でも時代外れの論評をしているエコノミストの方々がいる。もう彼らの時代ではないのに。

 


  金曜日の夜から日曜の夜まで何らかの理由で私のインターネット・メールに関して、「full」というメッセージが送り手に返ったそうです。日経のメーリングリストで一人どじなことをしていたヒトが居ましたから、その関係だと思います。その間に重要なメールを送られた方は、再送いただければ幸甚です。tks


97年9月06日(土曜日)

CANDLE IN THE WIND

Goodbye Norma Jean,
Though I Never Knew You At All
You Had The Grace To Hold Yourself
While Those Around You Crawled,
They Crawled Out Of The Woodwork,
And They Whispered Into Your Brain,
They Set You On The Treadmill
And They Made You Change Your Name.

And It Seems To Me You Lived Your Life
Like A Candle In The Wind,
Never Knowing Who To Cling To
When The Rain Set In.
And I Would Have Liked To Have Known You
But I Was Just A Kid,
Your Candle Burned Out Long Before
Your Legend Ever Did.

Loneliness Was Tough,
The Toughest Role You Ever Played.
Hollywood Created A Superstar
And Pain Was The Price You Paid.
Even When You Died
The Press Still Hounded You
All The Papers Had To Say
Was That Marilyn Was Found In The Nude.

Goodbye Norma Jean,
Though I Never Knew You At All
You Had The Grace To Hold Yourself
While Those Around You Crawled.

Goodbye Norma Jean,
From The Young Man In The 22nd Row
Who Sees You As Something More Than Sexual
More Than Just Our Marilyn Monroe.

FROM ELTON JOHN'S GOODBYE YELLOW BRICK ROAD

ELTON JOHN and Bernie Taupin have rewritten
the lyrics this week to their tender song
about one tragic 20th-century figure, Marilyn
Monroe, and dedicated it to another, Diana,
Princess of Wales.

Goodbye England's rose;
may you ever grow in our hearts.
You were the grace that placed itself
where lives were torn apart.
You called out to our country,
and you whispered to those in pain.
Now you belong to heaven,
and the stars spell out your name.

And it seems to me you lived your life
like a candle in the wind:
never fading with the sunset
when the rain set in.
And your footsteps will always fall here,
along England's greenest hills;
your candle's burned out long before
your legend ever will.

Loveliness we've lost;
these empty days without your smile.
This torch we'll always carry
for our nation's golden child.
And even though we try,
the truth brings us to tears;
all our words cannot express
the joy you brought us through the years.

Goodbye England's rose,
from a country lost without your soul,
who'll miss the wings of your compassion
more than you'll ever know.


97年9月05日(金曜日)

 へへへ、そういやあ、そんなのがありましたな。「ソース表示」。ホームページを作り始めた頃は、よくこれを見ましたね。この人のこのページはどういうHTML構造をしているか、とチェックするために。しかし、最近は他の人のページの「ソース表示」など見たこともないので、忘れていました。別にプロバイダーのサーバーをハイジャックしなくても見れちゃうんだ。面白くない、こちとら「ちょっとした発見」と思ったのに。でも、どなたか指摘しているように「普段は見られない」でしょうね。でも、やはりやばいことは書けない。それにしても、昨日の「発見」に関する多くのメールtks。
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 今日は静岡支店主催の講演会に出席のためにその方面に行ったのですが、ちょっと寄り道して藤枝市まで足を延ばしました。藤枝市は、静岡から車で30分くらい。行ったのは、藤枝市の税務署。別に特別に申告するものがあったわけではない。そこの税務署長と知り合いだからです。署長の名前は「木村 秀美さん」。女性です。大蔵省のキャリアですから、30才そこそこ。彼女が凄いのは、女性、ママさんでありながら、署長をしているということ。結構壮絶な一日らしい。朝1才5ヶ月の女の子を保育園に送って、登庁。一日保育園に預ける。

 夜は何もない日は6時過ぎに子供をピックアップしますが、週に数回は夜の会合や宴会がある。その時は、ベビーシッターを雇って過ごす。無論、税務署全体を統括する立場ですから、仕事は生やさしいものではない。なかなか凄いでしょう。無論、中日新聞とか静岡新聞には取り上げられている。しかしそれとは別に、私は彼女のような人には頑張って欲しいから、励ましに行ったのです。こちらも忙しいし、向こうも会議中で10分くらいしか会えませんでしたが、健康に気を付けて仕事をして欲しいですね。彼女の亭主は東京でお役所つとめで、まあ近いこともあって毎週 reunion はしているらしいのですが、こういう夫婦は今後も増えるんでしょうね。
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 講演会は静岡駅の南口に小田急が作った大きなホテル(センチュリー静岡)でやったのですが、これはちょっと困ったことになりました。新しいホテルで気分が良かったのですが、宴会場の真ん中の部屋で窓がない。これはやばいと思ったのですが、案の定PHSの電波は来ない(アンテナも役立たず)、また携帯電話の電波も来ない。つまり、インターネットを全くリソースとして使えないはめになったのです。無論、つい数回前の講演会まではインターネットをリソースにするなんて事はしていなかったのですから、いくらでも講演そのものはできる。しかし、せっかく用意したツールが使えないのは残念です。電波は水物ですね。

 新しいホテルで気分は良いのですが、やはりソフトは付いてきていない。ただし、何でもホテルにしては安いことに気が付きました。なにせ、夜中華料理を食べたのですが、全卓埋まっていた。最近聞く話は景気の悪い話ばかりでしたから、値段設定で随分違うんだなと思いました。やはり東京のホテルに入っているレストランの値段は高すぎる。もうすぐ調整されるでしょう。


97年9月04日(木曜日)

 いやあ、まだこれは誰にも言ってないのですが、面白いことに気が付きました。ブラウザに文章を表示するHTMLという言語には、一つ非常に顕著な特徴があります。それは約束事として、半角の括弧に囲まれた文章はブラウザ上に表示しないという約束です。例えば我々日記族が誰かの日記にハイパーリンクする時どうして書いているかというと、

 <a href="http://www.annie.co.jp/~shinoby/">内藤君</a>

 っと言った表記になるわけです。でもこれがなぜ現れるかというと、括弧を全角にしているからなんです。括弧を半角にすると、内藤君というところしか表記されない。ということはどういうことかというと、実際にそれをやるかどうかは別にして、こうしてほぼ毎日書いているDIARYの一画に、みなさんのブラウザには現れない文章や情報をHTML上は置くことが出来ると言うことです。例えば、

 今日は久しぶりに茶楼で食事をしましたという文章があるとする。でもこの時の食事メンバーをインターネット上でブラウザに表示して読んでる方には伝えるほどではないが、自分では名前を覚えておきたいと言ったときは、今日は久しぶりに茶楼で食事<その時のメンバーは小生、水木さん、高橋さん、佐藤>をしましたなどと書いて置くのです。これがどうして現れるかというと、括弧を全角括弧にしたからです。これを半角括弧にすると、ブラウザ上ではもう現れない。エディターで表記したときには現れ、ブラウザで表記したときには現れない。これはいろいろな使い方が出来る。誰か新しい人に会う。その後ろに、エディター上はその人の印象を半角括弧で囲んで何でも書いておく。その印象はブラウザ上では現れない。しかし、10年たっても最初に会ったときの印象はHTML上は残っている、っといった感じです。ただ、ブラウザ上は表記されないというだけで、プロバーダーに送る情報(HTML)の中にはそれは残っている。だから、プロバイダーのサーバーがハイジャックされたら、ハイジャッカーにはわかるというデメリットがある。でも、これは面白い使い方ができますよ。HTMLを知らない人にはちんぷんかんぷんだったかもしれないですが......

 今日はもう一つ、コンピューターからみで発見がありました。例えば、ドル・円、マルク・円、日経平均などのチャートを描くとする。今までは、小生は DATA STREAM などのデータ会社のサーバーにアクセスして、それを自分のエクセル・ファイルに必要期間落として、それをチャート・データとしてきました。しかし、今日は一つ発見をして、というより隣に座っている桑田に聞いて、目の前のディーリング・パソコンに入っているロイターのデータソースから直接エクセル・ファイルに落とす方法を見つけたのです。これは、非常に楽。代表的な通貨の組み合わせのデータはほぼ全部とれる。株や債券も。

 各社がロイターと契約している方式でこれは違うのだと思います。またこのことは、私が知らなかっただけで、我がディーリング・ルームの若手の何人かは無論知っていた。桑田もそれを聞いてきただけです。でも小生にとっては非常に楽ですね。いちいち若手にエクセル・データをもらわなくても、一人でとっととチャートを描ける。ただし、「タイバーツ 対 円」といったチャートを取ろうと思ったら、これは無理だった。だから、まだ DATA STREAM の使い道はあるのですが、主要通貨について自分の目の前のマシーンからデータがいくらでも落とせて、チャートがいくらでも書けるというのは、小生にとっては非常に省力化です。エクセルは普段はあまり使わずに、チャートを描かせるときだけ使うのですが、今日は EXCEL97 でのグラフの使い方、そこから POWER POINT97 へのデータの落とし方など結構知恵が付いた。お互いに知恵や情報を交換すると、たちまち賢くなれる。なかなか、面白い。
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 昨日書いたパソコン搬送に関しては、服部さんから以下のようなメールをもらいました。基本的にはもう可能だということですが。

 ヤマト運輸の宅急便(R)では、ノーマルの搬送でも30万円までなら補償してくれるはずです。ちなみに郵便局のゆうパックは、ノーマルで4,000円です。それ以上の補償が必要な場合には書留ゆうパックを使わねばなりません。値段的にいえばヤマトの方がやや高いのですが、補償面や速さで郵便局の上を行っています。
 とのこと。今度使ってみようかな。でも、小生のソニーのパソコンは30万円以上する。保証の範囲をちょっと変えてもらわねばならない。

 尾道の石井さんからは、「尾道の石井です お世話になってます。前々から書店に注文していました伊藤さんの著書 スピードの経済 やっと入手できました。これから読ませていただきます.....」とのメール。そうか地方は遅いのか。石井さんとは前回の尾道出張のおりに知り合いになりました。尾道の給食業者「いしい」の社長さんですが、パソコンの趣味が高じてショップ、さらにはプロバイダーまで始めてしまったという方。尾道市のウェブ・サイトの管理者でもあります。尾道市に行ったときに、「POWER POINTで講演したい」と我が儘を言ったら、直ちに用意してくれた。尾道の方々と行った「暁」(あかつき)という飲み屋は今でも忘れられないな。その後安保さんが東京に来た折りには、一緒に六本木の「金魚」に行きましたが、今後も尾道の方々が東京にいらっしたら、一緒に遊びたいと思ってまっせ(尾道の方々)。石井さんからは、「経済原則は エコノミー(経済原則)至上主義からエコロジー循環経済を目指す」という小論文まで送ってもらいました。TKS。
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 ばぶちゃんからちょっと怖いメール。題名は、「世の中狭いっすよ」という。

 伊藤さんへ

 私の中学時代からの友人から伊藤さんのことでメールをもらいました。
 彼とは電子メールを結構頻繁にやり取りしており、彼は私のHPも毎日読んでくれ ているようで、伊藤さんのこともよく名前が出てくる人だと思っていたようです。
 そんな折り、先日のサイビズの座談会を読んで、彼は始めて伊藤さんの写真を見て 、なるほどこの人が伊藤師匠かと思っていたそうです。サイビズに続いて、テレビ の朝番で再度伊藤師匠を見て、ふむふむと思っていたら、先日名古屋駅の新幹線の ホームで、伊藤師匠の事を見かけて「おお、伊藤さん本人だ!!」と気が付いたそ うです。世の中狭いっすよね。

 そんなメールをもらったということを、とりあえずお知らせまでに。

 おっっとっと。行きかな、帰りかな。結構身軽にはしてましたが、やましいことなし。良かった。

 追記

 書いた後やってみてわかったのですが、半角括弧の中に直接全角の日本語を入れるとブラウザで表示されてしまうことが判明。どうするかというと、半角括弧の始まりの直後に半角の英数を入れ、その後に全角の日本語を入れるとHTMLには残って、ブラウザには表示されません。今発見。


97年9月03日(水曜日)

 そうだ、黒猫ヤマトさんには「パソコン・クーリエ」なるサービスをスタートしていただこう。やはりパソコンとその周辺機器は重い。少し高くなってもいいので、保険付きのパソコン搬送サービス。いつも自分の使っているのと同じ状況に出張先のパソコンを変えるのは時間がかかる。だから、事前に送るわけです。本気ですよ。結構、ニーズは多いと思うんだけど。パソコンに限らず、高性能電子機器の搬送サービスです。

 というようなことを考えながら、今日は私の出張としては珍しく名古屋に日帰りしました。名古屋での住友グループの勉強会の講師として。まあ、40分くらいしゃべる講師ですから重荷ではない。ついでに、夕方から久しぶりに名古屋の名城病院で外科医長だかをしている大学時代の土江君と久しぶりに食事をしました。誘惑としてはこのまま宿泊と思ったのですが、4日は東京でいろいろ予定がありますから、そうはいかない。土江とは年に一度くらい会う。何時会っても懐かしい。

 一つ収穫があったのは、いつもはよそ見もせず東急ホテルに宿泊するのですが、(名古屋の東急ホテルは、他の地域の東急ホテルと違ってちょっと落ち着いていて良い)名古屋城をよく見たいと思ってキャッスル・ホテルに行ったら、ここは結構良いホテルでした。城の真ん前に陣取っていて、まあ名前の通り。有名な金鯱が二つお尻を天に突き上げている姿が良く見える。お堀も綺麗に見えるし、次はこのホテルに宿泊するのが良いかもしれない。でもちょっと中心から外れているのと、高そう。
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 私が持っているパソコンであるソニーの VAIO に興味を持った人が一人。ワシントンにいる山形から、「どういうパソコンで、使い勝手は」と質問。まあ、誉めておきましたね。一番良いのは、持っている人が少ないこと。画像が綺麗なこと。彼女のパソコンは確かマック。また、マック離れが一人ということか。彼女によれば、ワシントンDCから9月12日に12チャンネルの朝の番組であるマーケット・ライブに出る話が進んでいるらしい。「世界の新聞コーナー」で。としたら、登場する時間は短い。

 またあゆちゃんは、「私はトップページを新しくしました」と伝えてきている。

 ホワイトハウスのパロディじゃあ、ないの? という声にお答えし?(笑) 今度はいわゆる女の子〜っていう、私のキャラクターからは、ほど遠い雰囲気 にしてみました。(あまりのギャップに笑い転げないで下さいね)
とのこと。うーん、実際に行ってみたら実際「ぎょっ」としましたね。ちょっとイメチェンしすぎじゃないのか。「新しいデジカメが届いたら、もっと頻繁にトップページを変えようと思っています」というから、彼女のファンは楽しみにすると良いと思います。

 それから彼女から一つ質問がきて、小生ではまったくアイデアが浮かばない。どたなか教えてあげていただければ、と思います。質問内容は、

 ところで、伊藤さん。ホームページに音を載せるベストな方法、御存じですか? このところ、色々と試しているのですが、なかなかうまくいかず、ちょっとお手上げです。誰にでも簡単に音の情報を届けられるといいのですが ?
 という。今度は音でも出るホームページでも作ろうというのですかね。相変わらず、エネルギッシュだねえ彼女は。


97年9月02日(火曜日)

 暑くても、吹く風には秋の香り。これが最後の厳しい残暑かもしれませんね。確かに日中は暑かった。しかし、夕暮れは早くなったし、朝明るくなるのも遅くなった。今日はもう午後6時15分には暗かった。一日一日涼しくなりそう。

 所用あって東京駅の近くを通った際、ちょっと「東京国際フォーラム」を見学しました。巨大な建物です。

  1. ホールA 5000人収容
  2. ホールB 多目的ホール
  3. ホールC 劇場空間 音楽ホール
  4. ホールD 実験劇場的な空間
  5. reception hall 4層吹き抜けのロビー
  6. 展示ホール
 などなど。作ったばかりですから、綺麗です。しかし、どこかよそよそしい。展示ホールにもなにも陳列されてはいなかった。これは誰かから聞いた話で全く自信がないのですが、「東京国際フォーラム」の維持費は年間80億円するという。そして今の事業見通しでは、この経費をまかなうだけの稼働は全く予測できないという。だとしたら、誰が払うのか。我々都民でしょうね。作るのはいいけど、RUNNING COSTの少ない、利用しやすいような施設にすべきではなかったかと思います。まあ、最初から色眼鏡で見るのではなく、機会があったら使ってみても良いとは思いますが、「こうあるべきだ」ということからしか作らないと、たぶん間違うんでしょうね。需要見通しを。官庁は、コスト計算が出来ない。
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 日経出版局の田口氏から電話があって、「スピードの経済」に関し、「めでたく第三刷りが決まりました」とのこと。まあまあの売れ行きなんでしょう。「本が売れない。1万冊行けば成功」と言われている中でそれを一ヶ月ほどで突破したのですから、まずは順調と言うことです。一ヶ月1万のペースなら、結構伸びる(^_^)(^_^)と言うことでしょうが、そううまく行くかどうか。

 ネット上でのやりとり、それに顔をあわせた際にもらったものなど、本に対する批評が集まってきて、並べて読むと非常に興味深い。もうちょっと集まったところで、まとまったものを書きたいと思っています。まあ感じるのは、ヒトの感受性というのは多様だ、ということです。本当にそう思う。その人の知識とか、感性とかで良い悪いの問題は別にして読み方が全く違ってくる。よくここまで違うものだと思うことがあります。でもそれがいいんでしょうね。みんながあちこちから見て、単一の見方をしないというのが。中国が毛沢東語録を全員で掲げて、「実践」とか叫んでいたのを気持ち悪く見ていた身としては、当然であると思うわけです。まああのときも中国人全員が心からそれを信じていた、ということは絶対ないでしょうが。
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 ダイアナさんがなくなったことで、イギリスに住む方々の精神活動が活発になったのか、ロンドンからさかんにメールをもらうようになった。むろん、ロンドンに住む日本人の方から。D社の田井中さんとは4年ほど前に一度お会いしたことがある。日本で。しかし今はロンドンで英国販売子会社の経理担当とのこと。企業のグローバル・ソーシングが進み、欧州にいながらも常に北米・アジア・日本の動向を睨みながら、また欧州そのものにおける通貨統合の動きを見ながら、かつ競争他社に先んじたマネジメントができるかで、「羅針盤のない航海」をなさっているとのこと。

 イギリス12年在住の根谷さんとはお会いしたことはないのですが、金利デリバティブの仲介業務をなさっていて、当社の人間をかなりご存じとのこと。ダイアナさんの急死に関する日本政府の対応について憤慨しているというメール。確かに。右見て、左見て、しかし中心の一番肝心のところは見ないというのでは、仕方がない。私も4年間アメリカに居たからわかるのですが、何かことが起きたときに自分が生まれた国の対応というのが非常に疎ましく思えることがあるんですな。とろいとか、気持ちが前面に出ていないとか、的外れだとか。

 まあ、日本人は心が冷たいと言うことはないと思うんです。しかし劣っていると思うのは、自分の気持ちをあうんの呼吸で意志疎通できない人たちにどう伝えるか、どうすれば伝わるかの工夫なんですね。異文化、異言語の人とつきあうにはこれが非常に重要で、日本人同士なら良いが、適切なときに、適切な反応をしないと誤解されてしまうことがある。私も4年間に結構こういう経験をしました。数少ない例かもしれませんが、アラブの連中なんてのは結構これがうまい。日本は島国でやってこれて、それはそれで幸せだったんですが、物事には必ず良い面と悪い面がパッケージになっている。しかしこれは、国全体としての、国民全体としてのノウハウですから変わるのには時間がかかるんでしょうね。


97年9月01日(月曜日)

 私になり代わって、いや私以上に日経の日曜版に載った「スピードの経済」の書評に苦情を申し立ててくれた方がいっぱいいました。メールをくれた方、NiftyserveのPAITOでの意見交換などで。私もあれを見てがっかりしましたね。文章を読んで直ぐ分かったのは、「よく読んでないな」ということ。事実誤認もあるし、読んだとしてもよく考えもせずただ本から文章を引っ張ってきて字数を埋めただけ。文章も下手。だいたい匿名というのが気に入らない。アメリカの新聞などは、劇評にしろ書評にしろ皆名前を明らかにする。

 出版局の担当者に電話したら、こういう仕組みになっているらしい。社内に書評委員会というのがあって、どの本を取り上げるか決める。決めて、あとは誰が書評を書くかは文化部が担当するのだそうです。その間、出版局はいっさい関知しないし、出来上がった文章も文化部の所管で、出版セクションはいつ書評が載るかも知らないと。まあ、お互い影響力を及ぼし合うことは良くないので、それは分かる。とすれば、やはり書いた人の責任ということか。別に格好付けるわけではないが、本はやはり体力をすり減らして書く。だから、書評を書くのだったらしっかり読んでもらわないと困る。小生が「私がベアリングズ銀行をつぶした」(新潮社)のあとがきを書いたときは英語をほぼ全部読んで、翻訳の間違いを直しながら、日本語も3回読んで書いた。
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 news and analysis を pdf にしたことに関しては、わごんちゃんから、コンピューター上では表示できるが、印刷するとガーブル....との報告(^_^)(^_^)がありました。彼の会社のコンピューターはマックでプリンターはレーザープリンター。こっちは windows で、二人で話していて「フォントの問題か...」ということになった。今ちょっと調べていますが、まあ新しいことをやるといろいろ問題が起きる。読者の一人の方からは、windows3.1にあう acrobat reader はないのかと聞かれて、調べたのですがない。企業では、まだ os に windows3.1 を走らせているところも多い。

 でもnews and analysisをpdfにしてデータを送る私のサイドは非常に楽になったのです。これはいつか書いたのですが、pdfファイルはほとんど瞬時に出来る。htmlファイルは出来るのは出来ますが、あと手を入れないと使えない。gifを入れたり、日付を変えたり、リンクを作ったり。英語の部分のブロックも作らないといけない。ですから、なるべくpdfで通したいと思っているのですが。

 とここまで書いたところで、夜わごんちゃんからメールが来て、「とりあえず分かったこと」ということで。

  1. 会社のマックOS7.1+NS3.0では表示は出来るが印刷に問題あり
  2. 家のマックOS7.6+NS3.0では表示、印刷ともにできた。但し表示・印刷とも代 替フォントを作成するためか時間はかかる
  3. MS明朝というフォントはマックには存在しないが、MS明朝のような印字。印刷 されていたフォントは恐らくMS明朝をソフト上でエミュレート?したものと思わ れます
 とのこと。プリンターのタイプによっても、違いができるわけです。彼によれば、「インクジェット・プリンターは代替フォントを探す。しかし、レーザー・プリンターはROMがなければ印刷できないようだ」とのこと。pdf化したことに伴う問題があったら、お知らせください。今のところ、この二件だけです。
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 韓国の孫さんから、「初めてのインターネット・メールです」ということで英語でメッセージが入っていた。先日会って、31日に帰国。そして1日の午前2時まで私の本を読んで、コメントを送ってくれたもの。英語で。大宇証券としてはメールシステムを一年前に作っていたのですが、彼が使ったのは今回が初めてだという。どこの会社でも、偉い人が使うのは遅い。(^o^)「一週間以内に、韓国語への翻訳に関してまたメールします」とある。韓国語に翻訳されたら嬉しいですね。まあ、これは出版社と相談しなければなりませんが。

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