97年06月30日(月曜日)

 まず寝て、そして起き出して香港の主権の中国返還式典をテレビでずっと見ていました。簡素ながら、しかし中国の人にとっても、イギリスの人にとっても極めて感慨深い式典だったのではないでしょうか。香港時間の午後と午前で通訳の順番が変わったこと、室内であるにもかかわらず旗がたなびいていたこと、光沢民・国家主席の言葉の中にイギリスへの感謝の言葉が見あたらなかったこと、天安門の花火が綺麗だったこと、交渉の過程では確執が凄かったであろうに式典を見事に成し遂げるこの二つの国の外交上手さ、いろいろな印象があります。

 何より驚くのは、租借契約の長さです。息が長い。19世紀の半ばの戦争の結果ですから。そしてそれが1997年に約束通り履行されるというこのまた大人ぶり。そして、あと50年は続くと光沢民が約束した「一国二制度」。この二つの国とも偉大ですね。「アヘン」という中国にとっても、イギリスにとっても恥部のような歴史を背負っていたが故に、その華やかな経済活動とは裏腹の「暗さ」が香港にはありました。「暗さ」は、香港の「仮借なき資本主義」にあったのかもしれない。香港に行くと、住んでいる人たちの目は明らかに日本人のそれとは違った。

 お題目であろうと「平等」を何よりも優先する社会主義の国「中国」の隣にあった「仮借なき資本主義」の香港が、中国に入る。しかし私に興味があるのは、実は中国がどのくらい今の体制を維持しながら、「香港化」するかです。中国の海外同胞には、「資本主義」を具現した連中がいっぱいいる。だから形としては中国は、「社会主義の顔を持ちながら、仮借なき資本主義の国」にかなり接近してきている。香港の中国化ではなく、中国の「香港化」が進んでいるのです。中国海南部で起きている所得格差の拡大は、それをよく物語っている。
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 今日来たMSIのレポートは結構面白かった。デンバーでのクリントンの「レクチャー」に各国首脳は辟易したが、実は彼等がやっていることと言えば1980年代の「レーガノミックス」そのものだ、というのです。ドイツは日本の新聞にも載っていましたが、法人税率の大幅な引き下げをする予定を打ち出した。所得税率も引き下げた(54%から39%に)。労働市場の規制緩和にも手を付けるという。

 フランスでは社会党政権が、6月に打ち破ったばかりの右派中道政権の財政再建、規制緩和、労働市場の硬直性打破に乗り出す気配を示している。当然支持者は怒る。街頭デモまでしているそうです。しかし、社会党がしたいくつかの選挙公約は反故になりそうだという。イギリスでも、労働党がやろうとしていることは保守党の路線とそれほど変わるものではない。

 パラドックスですね。今政権をとっている西側諸国の多くの政党が、「顔」では福祉や平等を掲げながら、やっていることは弱者に冷たかった筈のレーガノミックスなのです。クリントン政権は民主党の政権です。しかし、やっていることは共和党の政策。フランスとイギリスの政権党には、「社会」とか「労働」という名前が付いている。中国も、「共産党」という名前が付いていて、しかし実質は経済優先の社会主義です。そうか、政権を取るにはそれが実際には遠いものになりつつあるが故に、「平等」や「福祉」を標榜すれば国民の間に人気が出るのか。

 でもどうしてこんなに「顔」と「実態」が違ってしまったんでしょうな。ウーン、多分先進国の国民は高度成長のころの60、70、そしてバブルの80年代の「富の増加」「生活水準の向上」、そして「平等で福祉ある社会」を今でも望んでいる。だから、それを頭から否定するような政党には反感を覚える。しかし、世界の、そして国の中の「富の再配分システム」が新しいものになり在来システムが不全を起こしている限りにおいては、だまっていては「富の増加」「生活水準の向上」は望めない。活力ある(富を生み出せる)経済を持つには、どうしてもある程度の「仮借なさ」=競争原理を経済に入れないといけない。つまり、規制緩和です。確かに、活力なき社会では弱者も救えない。

 そこで背に腹は代えられないから、「平等」や「福祉」の顔をした「市場論者」を選ぶ。または、そうでなくても政権を取ると「market forces」を無視できなくなる。今のパラドックスに満ちた世界の政治構造はこうしてできあがっている...と思ったりもしますが。
 


97年06月29日(日曜日)

 綺麗な一日でしたね。台風の雨と風で全部空気が清浄されて、そこに初夏の太陽が降り注いで。昼頃家を出たら、なにか周りがきらきら光っていた。特に緑が綺麗でした。風の強い南の島に行ったような感じ。日差しのわりには暑さも感じなかった。台風の風と雨で、地表が冷えたんでしょうかね。

 前日家を一歩も出なかった(出られなかった)ので、家を周辺をしばらく自転車で回ったのですが、人があまりいないのにびっくりしました。街も静かで。昨日の台風で出鼻をくじかれて、今週末はあまり外出しなかった人が多かったのでしょうか。それとも、朝からとっとと皆さん出かけたのかな。

 7月4日から我が家に来る Compte 君に与える部屋をちょっと掃除して、綺麗にしました。6畳かなにかの和室なのですが、今までは誰も使っておらずにちょっとした物置状態だった。そこを綺麗にしたというわけ。ベッドになんか泊めたら、せっかく「日本を知りたい」というのにがっかりするでしょう。布団とちゃぼ台ってのが一番では。まあ、今週半ばくらいから計画でも立てようと思います。やっと長い文章書きも「The End」に接近しましたから。終わったらちょっと社交月間にしたいですな。
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 午後、インドネシアで肝炎になって帰国・療養し、その後回復して新宿の本社に出社していた弟(大手建設会社勤務)から電話があって、「今度はタイに行く」ですと。なかなかこの会社も使ってくれるじゃないですか。心配になりましたね。本人は「大丈夫」と言ってますが。期間は半年くらいらしい。まあ、元気で行ってきて欲しい。


97年06月28日(土曜日)

 6月5日のこの diary で取り上げた「著作権」を巡る魚住耕司さんマイクロソフトとの係争は、マイクロソフト側が魚住さんに対して謝罪してきたことから、解決の方向に動き出したようです。マイクロソフトも、コンテストに提出されてきた作品を、「弊社製品内で使用する他の電子媒体(カメラマンが撮影した写真のビットマップなど)と同様に扱っていた」とはひどいですね。社内ルールをそのまま社外に適用するなど、「マイクロソフト帝国主義」と言われても仕方がない面がある。

 この魚住さんが直面した問題で、私としてもネットにおける著作権に関してより関心を持つことができました。私がインターネットに HP をスタートした頃、「自分のページがコピーされた」と周囲に訴えている人もいた。あの問題はどうなったのか知りませんが、copy や drag が簡単に出来るだけに、ネット上の「著作権」やそれにかかわる問題は今後も増えるでしょう。まだルール(法律や慣習)が決まっていない世界ですから。ネットに参加している我々が決めて行かねばならない面がある。一つ言えるのは、何かにつけ quote するには相手の了承を得ると言うことだと思います。hyperlinkは非常に便利なツールですが、使い方も少し整理しないといけないんだろうと思います。各国の新聞社も、いろいろ試みている。
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 神戸の事件で中学生が逮捕されたという。抑圧された気持ちが相当強くなければ、あの残忍さは出てこない。登校拒否児童だったらしく、「義務教育」と「学校」に対する恨みが非常に強そうです。何があったかは、まだ詳しく報道されていない。個別の事件を、簡単に敷衍するのは危険です。しかし、敷衍して考えてみる価値はあると思う。

 ただし、「リセット世代」とか、「バーチャル世代」「ゲーム世代」などの言葉で簡単に世代にレッテルを貼り、「だから」と断罪してしまうのには賛成しません。コンピューター・ゲームをしたって、まともなのはいくらでもいる。特殊要因もあったはずです。レッテルを張らずに先ず何がそういう恨み、事件に至る行為を呼んだのかをじっくり調べる必要がある、と思います。そして、そこに今の社会全体に言えることがあるのかどうか。これには、ちょっと時間がかかるんでしょうな。


97年06月27日(金曜日)

 暑い。朝の電車から、凄い暑さでしたね。前日の夜遅かったのが、こたえる。でも、昼から良いことがあって、午前11時ごろ電話が鳴って、誰かと思ったら「穂積」のママさんで、「オフィスにいらっしゃるなら、今日はお弁当を.....」。「穂積」は我々のオフィスの隣で、よく行くんです。「暑中見舞い」ですと。嬉しいですね。私の回りの女性らをご招待して食べましたが、お寿司で美味しかった。来週もこういうのがないかな....と思っているんですけど。
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 紙のファイナンシャル・タイムズをちらちら見ていたら、ニック・リーソンが書いた「私がベアリングズ銀行をつぶした」(新潮社刊)が、どうやら映画になって1998年にリリースされるようだ。ニック・リーソンは2年前にベアリングのシンガポール支店で日本国債先物のトレーダーだったときに8億3000万ポンドの損失を出し、同行を倒産に導いた。その経緯を書いたのが「私がベアリング銀行をつぶした」。この本の解説は私が書きましたから、今でもその本に何が書いてあったかは良く覚えています。

 驚いたことに、制作費として1050万ドルが投じられ、リーソンには”six-figure sum" が支払われるという。ドル建てだか、ポンド建てだか分からないのですが、いずれにせよ「億」のカネが支払われることになる。リーソンは今シンガポールで6年半の刑期を過ごしているのですが、版権料が入ったら損害賠償に支払われるんでしょうかね。映画会社は、Foundry Films で、監督は「A KISS BEFORE DYING」を作り、「FATAL ATTRACTION」のスクリーン・プレイをやったJames Deardon だという。出来たらやはりみてみたいですな。日本じゃ、井口さんの映画をつくろうなんて話は聞きませんね。
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 ところで、この diary のアップはだいぶ遅れました。ただいま、土曜日の午前9時。ウーン、金曜日は若手3人と「賭」(5月の米公定歩合に関するもの、私は勝ち組)の精算で赤坂のインド料理屋「Moti」でたらふく食べたあと、誰とはなしに言い出して、麻雀をしたんですな。しかしやめた時間が悪かった。12時半に外に出たら、全然タクシーが拾えない。しかたがないので、別の雀荘に入ってもういっかいプレイ。終わったのは、午前3時すぎでごわした。(チョコのレートが)安かったからいいものの、えらく負けましたな。まあ、たっぷり餌はまいた。

 それから、誰が言っていたのかな、早耳情報。NHK の草野アナウンサーといえば「あのあとどうなったの」という感じの人ですが、どうも「筑紫哲哉NEWS 23」の後がまに座るみたいですね。筑紫さんは、お疲れで降りられるとか。では皆さん、have a nice weekend !! あたしゃ今週末は、本の最後の仕上げです。


97年06月26日(木曜日)

 我が家に7月4日から10日間滞在するオーストラリアの少年「James Le Compte」君から手紙が来ました。表があまりに綺麗な日本語で書かれていたので、最初分からなかった。でもこれは伊藤先生に書いてもらったんでしょうな。裏を見て分かった。来る前に一筆なんざあ、嬉しいじゃないですか。

 それによると、「Glenaeon」という学校の10年生(year ten)で、日本語、ドイツ語、数学、英語、科学、それに陶芸を勉強しているらしい。最後のが凄いですね。男2女2の4人兄弟。自分の家でも、ホームステイを既に3回受け入れたことがある、と書いてある。趣味は、「surfing、computers and mountain bake riding」ときた。なかなかやりますね。東京の子で、前と後ろはなかなかやる人間はいないでしょう。ま、ありのままで迎えます。むろん、午前様もあり。「computers」って何してんだろ。もしかしたら、次世代のビル・ゲーツ。
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 ところで、今日は尾道の安保さん、石井さん、徳永さんからメールをもらいました。これだけでも、この街が進取の気風に富む事が分かる。石井さんが中心となって街のホームページを運営しているらしく、そのフロントの写真が結構綺麗なのです。「2万人キャンぺーン」というのをやっているらしいので、それに参加される方はされたらよろしいかと思います。何か商品が当たるとのこと。

 いつも「It's a small world.」だと思うのは、人間あっちこっちでつながっているんですね。自分が色々な関係でおつき合いのあった方が、尾道とまた関係があったりして。知っている名前が次々に出てくるのは、気持ちのよいものです。石井さんとは、「コンピューターが社会に及ぼす影響」に関する見方で、非常に意見が近いことが確認できた。
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 5月29日にやったサイビズでの座談会の記事がゲラでできあがっていて、特に直すところもなく読んだのですが、まあ写真が多い記事になりそう。和田ちゃんがなぜこの座談会に出ることになったのかまで書いてある。まあ、みなさん次号のサイビズをお楽しみに。わたしゃ、コンパックの人(安田さん、ごめんなさい)が見たら怒るようなこと言ってます。オーイ、noriko、そろそろ課金(^_^)(^_^)するぞ。そういえば、今日は久しぶりにわごん君と電話で話をしちゃいました。「MAC OS」の関連で。まずまず元気といったところかな。

 頭と尻をオーストラリアで占めましょう。電子メールはオーストラリアには「数日間」を要するのかな。ソニーの町田さんからメール。待たせるメールってのもなかなかですね。奥方も着かれたよし。

 Enjoy kidsless life !!! in Australia.


97年06月25日(水曜日)

 2日間ばかり尾道に出張している間に、shira's web siteで相当興味のある議論が展開されている。「生産性パラドックス」「インフレの死」がそれに当たるが、私自身がこれは非常に興味を持っている問題である。実は、94年の春にFORESIGHTに長い論文「大競争時代が始まった」を書いた時も同じ問題意識があって、その線、つまりインフレが極めて起きにくい世界環境になったと書いたのです。まあ、その後の世界の物価の動きを見ると、そうなっている。さらに、「デジタル・ネットワーク革命」は一段とその傾向を強めると考えているわけです。

 しらさんの発想は、「さすがにCENTRAL BANKER」というところがあって、「に対してどう対処すべきか」という立場が色濃く出ているわけですが、マーケット・サイドの人間としては、実際には何が起きているか、それを「マーケット全体がどう考えているのか、考えていないのか」というところに興味があるわけです。1993年くらいのグリーンスパンの議会証言には、「経済情勢や金融の実態と、それに対するマーケットの認識ギャップ」があり、これを両睨みで金融政策を行わねばならない中央銀行家の悩みのようなものが色濃く出ていた気がする。

 まあ私の立場は、「確証」が出るには時間がかかる。その前にも自らの見れる範囲で、また聞き取れる範囲で、また海外から来る資料で判断しようという訳です。その点、先日紹介したFTの記事は非常に興味深かった。一つの大きなテクノロジーが経済・社会に影響を与えるには、確かに長い時間がかかる。それまでは、「パラドックス」が起きます。アメリカはそのパラドックスから抜け出し始めたかも知れない、と思うわけです。
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 尾道から帰途に着く前に、昨日の講演会を主催して下さった方々5人と「西山別館」という相当立派な料亭兼旅館で昼飯を食べましたが、ここはなかなか記憶に残る場所でした。尾道が街として相当力があったことが分かる。とにかく庭が広い。直ぐそばが海なのですが、綺麗に庭が作られていて宿泊するところは、一つ一つが完全な離れになっていて、それぞれ異なった和風の作りをしている。茅葺きの屋根の離れもあれば、瓦葺きの屋根の離れもある。その中の藁葺き屋根の一部屋で食事をしたのですが、部屋も広いし、落ち着いている。

 東京からお忍びで来て、一番海側の離れに止まる人が多いそうです。皇室の方々が尾道に来られると必ずここに泊まるという。田中角栄元首相が来て泊まったおりに、広い庭の芝生を見て「これは良い、ボールとクラブをもってこい」といってゴルフをしたという話を聞きました。海に向かって打ったと。仲居さんにも確認しましたから、どうも本当らしい。もう一つ言うと、この料亭はフジテレビのアナウンサーで今「プロ野球ニュース」を担当している西山さんというアナウンサーの方の実家とか。そのおばさんというのが座敷に出てきました。

 松山にも良く行くので分かるのですが、広島や松山には船や海に関連した商売が昔から栄えていたのが分かる。その流れで、今でも多くの産業があるわけです。産業が興り、そこで発展するのはしばしば必然と偶然の重なりだと思う。必要(必然)から起こり、産業のコアができ、それが栄えて富が蓄積され、その富で新たな産業が起こる。インターネットが時間と空間を越えると言っても、「場」は簡単には移動しない。シリコンバレーもそうです。近くに海があり、造船所がいっぱいあるあの光景は、20年たっても同じではないかと思います。

 ウーン、一つ面白かったのは、尾道にはお養子さんが多い。法人会の集まりで紹介された人の中で、結構な確率でいらっした。力のある家が多くて、優秀な男性が求められるのでしょうか。でも、皆さんご活躍のようでした。尾道にも小生が書いているものをお読みの方が多かったのにはビックリしました。帰りに頂いた「桂馬蒲鉾商店」(0848-25-2490)の蒲鉾はホントに美味しかった。


97年06月24日(火曜日)

 今まではあまり気にならなかったのですが、やはり移動電話の通信速度は遅い。いらいらしますね。尾道について二度くらいメールをチェックしたのですが、実にのんびりしている。そろそろPHSの性能の良いやつにしようかな。PHSは今までは通信可能領域が狭いことで回避していたのです。でも、大分広まってきたようですし。それから、ちょっとメーラーの調子がおかしく、メールを受けることは出来ても、発信できません。メールをくれた方、25日の夕刻までお待ちを。
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 広島空港に着いたら、真夏でした。まあ、東京もそうでしたが。そこから40分くらい。お迎えに来ていただいた安保さん(「あぼ」と読みます)と話しながらですから、この時点でいろいろ取材できましたな。

  1. 船が大型化して尾道に入れなくなるまでは、この地方では一番栄えた大きな港で、米や海産物の商家が多かったこと
  2. その商家が商売繁盛してお金ができると競ってお寺を立て、故に尾道にはお寺が、しかも立派なお寺が多いこと
  3. 彼らはまた絵書きとか書家などのパトロンになったので、その面でここから全国区に出ていった芸術家が多いこと
などなど。平山画伯もこの地方、映画監督の大林さんもこの地方と縁が深いのだそうです。富が文化を育む良い例と言えるでしょう。

 今現在は人口が10万を切った程度。つい最近までは、10万5000人ほどだったとか。人口で10万を越えている都市が10万を切る例は珍しいのだそうです。市として自信があったのか、新幹線が通るときも「どうせ駅は出来る」と慢心していたら(当時の市長が)、三原と広島に駅が出来てしまって尾道は通過になった話とか、結構面白かった。その後、地元の努力で「こだま」の駅だけは作ったのだそうです。これは、有名で勢力もあった都市の慢心が生んだ失敗談ですか。

 講演が終わった後、大勢の方と一緒に軽く飲みに行ったのですが、面白い店を紹介してもらいました。「暁」(あかつき)という店。佐藤軍治さんという方が経営しているのですが、「世界の酒資料室ーー舶来居酒屋」と名刺に印刷している。本当にここは「世界の他ではもう現存していないお酒」がいっぱい残っているそうな。先代のお父さんのころからやっている店で、この店に来た有名人の写真がそれこそセピア色(先代の方が集め始めたので、本当に古いのまで)で残っている。もの凄く雰囲気があって、変わった店でした。かなり飲んでも数千円ということで、こちらも安心。

 住所は「尾道氏久保2−15−26」。рヘ、「0848-37-3364」。尾道に寄る機会があったら、どうぞ。店のオリジナル・カクテルが6種類くらいありましたかね。「暁」というのが、一番アルコール度数が小さくて、そこから徐々に度数が上がっていく。私は3種類くらい飲んだ。うまかったですな。それと全体としては、法人会青年部のメンバーの方々は皆さん(そんなに若くないですよ、皆さん)は和気藹々、元気が良かった。何人かの方と、「東京でやりやしょう」という約束をしました。
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 橋本首相の発言が波紋を読んでいるようですね。朝読んだウォール・ストリート・ジャーナルにはそんなことは何も書いてなかったし、アメリカのマスコミもCNNを除けば昨日のニューヨーク株の下げは「調整」と読んでいるようで、ちょっと日本の騒ぎすぎのような気がする。日本が良くないのは、色々なヒトが勝手に色々なことをいう。アメリカ政府の例えばドルに対する見解は、それこそ上から下まで一貫していて、使う言葉まで統一されている。トップダウンが徹底しているのですな。日本の場合は、それぞれ勝手に言う。昨日もそうだった印象が強い。まあ、官房長官とか蔵相と言うヒトはある意味で一国一城の主ですから、「統一した発言」などはしたがらないのかもしれない。しかし、これではGOVERNABILITYに問題ありです。

 東京市場の「94円安」程度の反応が普通でしょう。ニューヨークの株は、もっと調整してもおかしくない。1万ドルとか、勝手な予想が出始めたら、いったんは利食いです。192ドル下がって史上二番目と騒いでも、発射台が全く違う。下げ率はたかが2.5%です。小さい。調整した方が、アメリカ経済のためにも、ニューヨークの株市場の強さの持続性の為にもプラスだと見ます。


97年06月23日(月曜日)

 サミット後は予想通り静かな市場。「為替は問題にならなかった...」、とknee-jerk reactionで多少ドルが上がった程度。しかし日本の対外収支黒字があれだけ大きな問題となり、かつ日本サイドに「これ」といった黒字削減策がないなかでドルを買い上げるのは、非常に危険です。「道具には使わない」と言っても、マーケットが道具とみる危険性はいつでもある。従って、ここではドル買いを勧められない。もう一つは、もう日米金利差が大きく拡大することはないと思える点です。まあ、この問題はいつかnews and analysis で扱いましょう。
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 24日から尾道に行く準備でパワーポイント・ファイルをバージョンアップしたり、あゆちゃんの送別会をセットアップしたりと、結構月曜日としては忙しい。尾道には初めて行くんですが、楽しみです。広島は何回も行ってますが。「法人会青年部」というのですから、若い人が多いはず。将来性のある話が出来たらと思います。今日も昼飯を日経の黒川氏(新婚の)と食べたのですが、だいたい世の中見方が悲観的すぎる。まあそれを楽しんでいる風情もあるのですが、悲観的になって何が楽しいのやら、と思います。日経の記事のトーンもだいぶ変わってきた。「2020年からの警鐘」は近く本になるそうです。あゆちゃんの送別会は結構大人数になりそう。

 ところで彼のイタリア話は結構面白かった。トレビの泉の近くでジプシーらしい連中に襲われたそうな。まあ、実害はなかったらしい。イタリアはスリリングですな。しっかりイタリアで買ったスーツを着て来ていた。食事は ROY'S でしたが、そういえばばぶちゃんの言いたい放題ページにハワイの ROY'S の話が載っていたな。このレストランは小生の本に登場するので、ちょい社長の月川さんに一言ご挨拶しておきやした。
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 出張で、25日の「短観」の発表の時はオフィスにいない。問題なのは、私以外に日銀のサイトから「短観」を download した人間が多くない....という点。まあインターネットは私の目の前のパソコンに入ってますから。そこで今西君に伝授。「lzh」「pdf」のうち、一番綺麗にしかもA4で取れるのは「pdf」ですかね。しかし、前回は「pdf」ファイルがアップされるのはちょっと時間がかかったような気がする。日銀のサイトを眺めていたら、「ブックマークに入れておいていただければ....」という一文を発見しました。なるほど。

 短観は日本経済を見る上で重要な指標であることは間違いありません。しかし、アメリカ政府から発表される指標と同様、一つ一つをあまり重視すべきではないでしょう。この問題はしらさんが扱っているのですが、たった一つの指標が日本経済の全体像を映し出すというようなことはあり得ない。今のように変化の激しい時代には、経済統計そのものも疑って見るのが妥当です。

 どうも市場は、そっちの方が楽だし、少なくとも「強い」「弱い」という非常に単純化した思考ができるせいか、ある一人の人間の言葉、ある一つの統計に過度に目をやり過ぎる。最近この傾向が顕著です。そのくせ、終わると直ぐ忘れる。芸能人のスキャンダルのような情報の「捨て」作用が起こっている。まあみんな騒ぐと一緒に騒ぎたくなりますが、心の底では「で、何なの....」という気分が残ります。もっと、大きな変化をしっかり見据える必要がある。
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 その点今の世界経済で関心があるのは「生産性論議」と「NEW ERA論」ですな。前者はこのところ続けて取り上げた。後者は、2月26日のグリーンスパン連邦準備制度理事会議長の

Is it possible that there is something fundamentally new about this current period that would warrant such complacency? Yes, it is possible. Markets may have become more efficient, competition is more global, and information technology has doubtless enhanced the stability of business operations. But, regrettably, history is strewn with visions of such "new eras" that, in the end, have proven to be a mirage. In short, history counsels caution.
 あたりから来ていて、この時は歴史から判断した「mirage としての new era 」だったのですが、最近は mirage でない兆候が高まっている。まあ、統計がこれを証明するのは数年先かも知れません。


97年06月22日(日曜日)

 ペナント・レースが始まる前に、「今年の阪神は面白いのではないか...」と書いたのを思い出しますが、まさにこのチームにこんな粘りがあったか、と思えるほど「のり」が入ってきましたね。今日もよく頑張った。まあ、もう少し見守った方が良い気がしますが....
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 夕方頃ですか、「ところでG7はどうなったんだろう....」とネットを探ろうとしたんですな。土日は一番情報が希薄になる。新聞は夕刊がないし、テレビはニュースの時間が少ない。最初うろうろしました。ウォール・ストリート・ジャーナルに行ったり、ニューヨーク・タイムズに行ったり。
 そこでハタと気が付きました。今年はアメリカが主催国だから、ホワイトハウスがサイトを持っているかも知れない、と。行ったらありました。ホワイトハウスのページの中に。そこから渡っていって、サミットのホームページを見つけ、そこから今回のサミットでのドキュメントを集めたサイトに到着。結局何がしたかったかというと、ロシアを抜いたG7の経済宣言が読みたかったのです。インターネットは便利ですな。というわけで、今日はこれにて....。
 


97年06月21日(土曜日)

 ほんとに、重なることは重なる。S電機貿易のN君が今月末に「オーストラリア」に赴任するという。旧知の大阪のYさんからのメール。何か私の周りでは、オーストラリアがらみでどえらく大きな事が動いているみたい。ホームステイはオーストラリアからだし、ソニーの町田さんも行ったし、N君もか。N君はその昔、数ヶ月間当社のディーリング・ルームに研修に来ていて、その後も大阪に行くと寄るようにしていた人物。ウーン、オーストラリアにあっているかもしれない。
 日経の田口氏に教えてもらい、コピーを内藤君にもらったファイナンシャル・タイムズの6月20日付けの「Anatomy of a miracle」という記事が非常に面白い。アメリカの「生産性論議」に関するやつですが、私がいつも思ったり、書いているようなことが出ている。

 景気が良い、雇用水準も伸びていて賃上圧力もある、それなのになぜアメリカの物価水準は上がってこないか...という謎解きの部分です。グリーンスパン連邦準備制度理事会議長も、多くのエコノミストも「それは生産性が上がっているからではないか」と「推測」していた。「推測」というのは、公式統計には出てこないのです。まだ。1990年から95年を見ると、アメリカの生産性(時間当たり生産量)の伸びはわずかに1.0%。去年は0.7%。伸びているのは、製造業の生産性だけ。90−95年が3.1%、そして去年が3.8%。

 しかし、この記事は今のアメリカ経済の謎解きを「実は公式統計は、アメリカ経済の生産性の伸び、特にサービス産業のそれを計測できていないのではないか」という方向で運んでいる。「コンピューターはあらゆる場所で使われている。なのに、生産性の統計収集の時には使われていないのでは.....」というロバート・ソローの冷やかしもある。実は難しいのですね。サービス業の生産性を図るのは。この記事には、航空会社の予約システムの話が載っている。

 この記事でもう一つ面白かったのは最後の方の、「コンピューターやその他情報を扱う機器がこれだけ普及しても、これらの機器はこれまでは under-utilised されてきたと思える理由がある。しかし、これがようやく computer literacy が増大するところまできた」という記述。コンピューターが under-utilised されている(能力以下にしか使われていない)というのは頷ける。私も一週間に必ず一つくらいは「あ、こんな事も出来る」とびっくりしている。こうした小さな知恵の向上が、ネットワークにつながっている人で全部起きたら、それはコンピューターが社会で果たす役割の大きな向上につながる。

 「デジタル・ネットワーク」とは、こうしたデジタルの持つ「利便性」「効率性」「廉価性」などの特徴を、「デジタルの道」に乗せて「双方向」(interactive)でやり取りするシステムである。つまり、ネットワークを通じてオフィスなり個人が、デジタルの持つ「利便性」「効率性」「廉価性」を共有するわけである。「共有」が出来れば、生産現場やオフィスでの生産性の著しい向上、取引のスピードアップ、意志決定の敏速化、消費者情報の敏速かつ大規模な収集、そしてネットワークを使った広報活動など、経済活動に大きな変化が現れる。個人のコミュニケーションも変わる。

 重要なのは「双方向」であるから、ネットワークのそれぞれのポイントにデジタル信号を扱える機器があり、それを操作できる人間が揃わなければうまく機能しない、という点である。うまくワーク(機能)しなければ、経済や社会に及ぼす影響も小さい。ある一つのネットワーク・ポイントの担当者のネットワーク、デジタル操作能力が他に比べて落ちていれば、システム全体の効率性は落ちる。

 例えば、ある会社で素晴らしいネットワーク(LAN でもイントラネットでも)を入れたとしよう。いくつかの重要なポイントにネットワークの知識も持とうとせず、パーソナル・コンピューターも扱えないような人間がいたら、ネットワークは台無しだ。なぜなら、デジタル・ネットワークで完結するはずの情報の流れに、別ルートを作らねばならなくなるからである。これでは、ネットワークを作った意味がないし、ネットワークも機能しない。

 よくあるケースは、「自分は出来ないが、部下に手伝ってもらっている」というものだ。これだとその人はネットワークにはつながっているが、重要な特性である「効率性」を落としている。設立目的を著しく損なう。使われている部下が他の仕事が出来れば、システム全体の効率は著しく上がる。つまり、ネットワーク社会においては、ネットワークの各ポイントの構成員が全員同じような機器操作能力、ネットワーク技術を修得しなければ、ネットワークとしての機能を十分果たせない。つまり粒が揃わないと駄目なのである。

 九〇年代に入ってからのアメリカ経済復権の一因は、他の諸国に比べて景気が落ちた時でも情報機器投資を続け、しかもそれを使うサイドの人間の粒を揃えたことである。日欧には、経営者、中間管理職にコンピューターやネットワークを使わないことを自慢する人さえ多いが、この一点だけでアメリカと日欧の経済の生産性には大きな差が出ているに違いない。ネットワーク構築に当たって一番大事なのは、最新機器を揃えることではなく、それを使う人間を教育することである。

 むろんアメリカにもコンピューターを使えない人はいる。しかし、その比率は日本や欧州に比べてはるかに少ない。ネットワーク社会は、使う人間のサイドが共通の知識、能力を身につけ、いわば全員に近い人が車で言えば「ハンドルを握れる状態」になった段階から加速度的にその効果を発揮する。

 多少の先行や遅れはあろうとも、世界はその時期を迎えていると言える。「デジタル・ネットワーク革命」の影響が出てくるのはこれからである。しかも、今はコンピューターの性能はかなり詳しい人でも使い切れないほど多様である。ネットワークにつながる人のコンピューターに対する知識や技能が向上すればするほど、ネットワークの効率性は高まり、経済に対する効果は絶大なものになる。

 とあたしゃ今度の本に書いてますから、このFTの記事は頷ける。アメリカでは使う人間の方の「粒」が揃ってきたということでしょう。日本はどうかな.......。


97年06月20日(金曜日)

 すさまじい雨でした。特に昼前後は。たまたま「さわかみ投資顧問」の澤上社長と一週間前ほどに、「昼飯でも」と約束していたのですが、さすがに一瞬考えましたね。「またにしようか」と。澤上さんもそう思っていたらしい。しかし、会場を九段下の「まぐろ屋」から、あそこ(九段下)のホテル、「グランド・パレス」でしたっけ、に変更して実施。だってひさしがあるでしょう。タクシーで行けば濡れない。

 放送に出てもらったのは去年の七月二十一日でしたから、ほぼ一年ぶり。内藤君を連れて行ったのですが、放送に出てもらったときはピクテをやめてご自分で会社を作った直後。興味の一つは、「その後」です。あとは、社長の相場に対する見方。「その後」については、「すさまじい」とおっしゃってました。「さわかみ」は完全に成功報酬制。この透明性が顧客を呼んでいるとのこと。ここで金額を書くつもりはありませんが、「すさまじい勢いで伸びている」という。1200兆と言われる日本の個人金融資産が、行き場を求めていると言うことでしょう。

 今は完全に「口コミ」でお金が集まってきているという。一人一人の投資家とよく運用方針を話し合い、運用と対顧対応を分離せず、毎月レポートを届け....と地道な活動を続けているらしい。そして「この商売には、凄い将来がある」と。運用対象にしているのは日本株。明確ですよ、運用方針は。「日本経済は今は駄目。世界経済が必要とする日本企業の株を買う」と。むろん銘柄なんて聞きませんでした。すべての統計を頭に入れた上で、それを一回忘れ、家でワインを飲みながら白紙に経済の先行きに関するシナリオを書き、そこから発想を得ると。参考になりますな。あとは、投資はタイミング(これが一番難しい)です。私の本が出たら8月の上旬に「オフィス・パーティーをしましょう」ということで分かれた。ワインを4本くらい用意してくれるそうだ。ナイス。帰りはホテルで並んだのですが、タクシーは一台も来ず。あきらめて九段下の地下鉄目指して歩き始めたら、向こうからタクシーが寄ってきた。ラッキー。
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 24日に営業部から依頼されて尾道に行くのですが、「尾道法人会」青年部の石井照章さんからメールで、「機材は用意しました。パワー・ポイントのファイルが稼働するかどうかを見たいので」と。札幌で使ったものを少し書き換えないといけない。古いファイルしかなかったのですが、機械の作動を見るだけですからこの古いのを送りました。添付資料にして一発です。office97を使っているという。私と同じで、いままであまりお目にかかっていないので、それだけで親近感が沸きましたね。

 尾道なんて行ったことないですね。綺麗な街だとは知ってますが。私の東京での講演を聞いた方が、是非ということらしい。普通は大きな支店にくらいにしか行かないのですが、例外ですな。たまにはめったに行かない街も面白い。石井さんからは、「作動問題なし」のメールで、安心して行けます。ファイル(fdに入れます)さえあれば、重い紙の資料はいらない。
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 台風一過の夕方からは、norikoちゃんパコちゃん、それに自称女子高生(ほんとに嘘つきだ)のテス女史と久しぶりにFONDA dela MADRUGADAで食事をしました。メシよし、雰囲気良しで、話題も結構面白かったのですが、カンパリソーダとサングリアを飲み過ぎたら、最後の方は眠くなちゃいましたね。「だって、疲れまんねん.....」てなもんで。失礼。でも一つ企画で、それぞれのdiary読者を集めて「秋に大パーティー」ということになりました。その時には呼びかけます。


97年06月19日(木曜日)

 契約してない人にはちょっと余分な情報になるのかもしれないのですが、最近「これは使える」と思っている検索機能はウォール・ストリート・ジャーナルのそれです。ウォール・ストリート・ジャーナルの記事の一番上に必ずある「search」を使えば、AP.DJのものも含めて、最新記事の順から遡って瞬時に必要な記事を探し出せる。

 ロイターとかブルーンバーグなどのニュースは、ずっと見ている分には非常に良いのですが、あまりにも量が多くて途中オフィスを抜けていたときなど、振り返りが大変です。その点、ウォール・ストリート・ジャーナルのそれは、例えばの話「為替についてルービンは直近まで何を言っているか」と思って search page に行き、「rubin dollar」と打てば、全部出てくる。こうして見つける記事も多い。

 日本の新聞のサイトで、「search」機能が充実しているところってありますかね。どうも日本のコンピューター技術ではこの「search」機能が軽視されているように思います。「search」と言えば、ワープロ・ソフトのそれも使い勝手が良い。今一番使っています。長い文章を書いて必要な場所に直ちに行く一番良い方法は、「キーワード」を覚えておいて、「検索」でそこに渡る方法です。ブラウザ上でもこの「検索」は使えます。あと「置換」もいいですな。82年にワープロを使いだしたときからお世話になってます。「FED」を「FRB」に代えるなんてのは、ワープロが全部やってくれる。
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 会社のオーストラリア現法から、アディショナルなウィロビー情報。高橋君から。「へー」と言うのもありますから、ちょっと紹介しましょう。

 いつも大変お世話になっています。先日の一時帰国の際には立ち話で失礼しました。 早速ですが、オーストラリアからホームステイを受入れる由拝読し、話の とっかかりにでもなればと思い、お手紙いたします。

・ウィロビーは、私の感覚では、シドニーから車で15分。シドニーで働くオフィスワーカーを中心に 「中流の上」といった階層のひとの多く住むこぎれいな市。

・市の中心は、クローズネスト(烏の巣)という街にあるウィーロビーストリートの商店街で、オープンカフェ やおいしいイタ飯、海鮮チャイニーズ、日本食レストラン、おしゃれな小物屋が建ち並び、我々駐在 員もよく行くサバーブの一つです。

・日豪の文化交流では、大相撲のシドニー公演が先週開かれました。 日本の新聞等でも随分報道されていたようなので、ご存じかとは思いますが、 トーナメント戦の他に様々なイベントに参加したおかげでSumo Wrestlerは、こちらでも大人気で した。

・ちなみに、2日間行われたトーナメントは、1万人以上収容の会場が連日大入り満員(オージーの 観客が7〜8割)。日曜日の昼間に放映された公演・トーナメント戦の模様も視聴率12%と、スポーツイベントとしては驚異的な数字でした。冠スポンサーは、ANAとTOYOTAでしたが、地元企業が、スポンサーにならなかった事を随分後悔していると新聞に載っていました。

・うちで働くローカル職員も一緒に見に行きましたが、当初の「デブで裸のサムライがTバック姿 で抱き合う」程度の認識を大きく変え、Great!を連発していました。

・そういえば、クローズネストには、最近「ちゃんこ鍋屋 Chonmage」という店もオープンし ました。

・シドニーは、日本と変わりない魚介類が採れるので、すし屋も多く、ステーキ一辺倒の 田舎者を除いて寿司を食う奴らも結構います。(でもウニはだめでしょう・・)

・またこちらには、チカチカ点滅する大きなネオンサインや、地下鉄・新幹線もないの で、「大都市東京」を見せてあげられれば、喜んで(戸惑って)くれると思うのです。

 相撲がそういえば行ってたんだ。相撲は世界中どこに行っても人気がある。モンゴルにも相撲はありますが、形式美や肉体のぶつかりあいなど内容は濃い。でも死んだおじいさんがいつもテレビを見て言ってました。「これは、面白い職業だと」。人間て、「職業を作る動物だ」という私の発想はこのおじいさんの言葉から来ています。人間はいったい立って歩くようになってからいくつくらい職業を作ってきたのでしょうね。だからコンピューターが出来ることは、コンピューターにやらせちまえば良いと思う。新しい職業を作れば良い。そういえば、最近相撲を見てない。「オーストラリアでちゃんこ」というのもなかなかですな。

 ウィロビーについては服部さんからもメールを頂きました。「エンカルタ・ワールドアトラス」をお買いになったのだそうです。

早速調べてみましたが、Willoughby とつく地名だけで10個もありました。さす がに地図最高の100万地名収録だけあります。順にあげると

Willoughby Acres フロリダ、アメリカ
Willoughby Bay 湾、アンティグア・バーブーダ
Willoughby Beach バージニア、アメリカ
Willoughby アンティグア・バーブーダ
Willoughby イングランド、イギリス
Willoughby オハイオ、アメリカ
Willoughby ニュー・サウス・ウェールズ、オーストラリア
Willoughby ニューヨーク、アメリカ
Willoughby メリーランド、アメリカ

 なるほど。ニューヨークにWilloughbyなんてあったかな。まあ、「ニューヨーク州」ということなら、カナダまで続いていますから。yahooでは二つでした。もっともyahooに出るのは、何らかの形でページをインターネット上に持っているところだけでしたが。


97年06月18日(水曜日)

 7月4日から14日まで我が家に来るオーストラリアの中学生は、James Le Compte君 15才と判明しました。全部で今回杉並区に来るのは13人ですが、男子は5人しかいない。残りは女子です。どこでも女子が積極的なようで。色々判明してきて、来る13人が通っているウィロビーの中学校では、「伊藤先生」という日本語の先生がいるらしい。どこでもある名字ですな。彼等は、その「伊藤先生」からある程度日本語を教わっているというのです。だから、教育委員会からは、「家でもなるべく日本語で....」ときた。ウーン、ちょっと久しぶりに英語の練習でもしようと思ったのに。まあ、家族の中で一人だけ全く英語が出来ないのがいますから、彼は大安心でしょうな。

 13人は杉並区の中学校に各校一人で分散しますから、ちょっと寂しいのでは。「こいつら、インターネットやってんのかな....」なんて今から思いますね。日本語が出来るなら、帰ってもオーストラリアで日本のホストファミリーの恩は忘れず、たまにはメールでもよこすかな....なんて。まあ、近くの蕎麦屋にでも連れてって、蕎麦でもくわしますわ。「普通にしとれ」と言われてますから、私はもう9日と10日には予定を入れていて、多分午前様ですな。そのかわり、土日にサービス。
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 なにかオーストラリアに憑かれたというか、70年代の後半にニューヨークに居たときにアパートの本当にお隣さんだったソニーの町田さんから「ソニー・オーストラリア勤務を命ぜられ、過日着任」との葉書。町田さんとは、ニューヨークのときはカジノ、日本に帰ってからはゴルフとよくご一緒させていただきやした。実に楽しい人なんです。広報部長されているときに、「適任」といつも思ってました。シドニーにお住まいの方、奥さんもむろん存じ上げていて、町田さんを監視してやってください。私と同じで、どこにでも飛んでいくタイプです。
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 あゆちゃんからも葉書で、「6月末でテレビ東京を退社」との連絡。惜しいねえ。あのきれのあるアナウンスが聞けなくなる。「7月からは渡米し、自身の見聞を広める」とのこと。送別会せにゃあかん。ゴルフの約束もしていたのに。ホームページはどうなるのか、と思ったら続けるそうです。アメリカからの「ayuko.com通信」がどうなるか楽しみですな。
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 日経の田口氏と青山の「ROY'S」で昼飯を食べました。この店に来たのは、久しぶり。席に案内されたら、私のちょうど後ろの席にマッキンゼーの堀 紘一さんがいて、知り合いではないので挨拶はしませんでしたが、例のあの声で英語でやってましたな。秘書を連れて、お相手は東洋系の女性でした。こちらはこちらで話に熱中してましたから、その後は忘れてしまいましたが。知らないうちにいなくなっていた。

 このレストランは、何時行っても綺麗で良い。デザート、コーヒー付きで1400円で昼飯が食べられる。ボリュームもあるし、美味しい。これは去年の10月9日ごろのdiaryで紹介したことがあるのですが、この店は一度昼飯をそれまでの1400円から2500円に値上げしたんです。しかし、2日してこの値上げを撤回した。今日も値段を見たらまだ1400円でした。ちょっと遅い時間だったがまだ込んでいた。2500円でぱらぱらの客より、午後2時になっても込み合っているレストランの方が活気があるでしょう。店としても素晴らしい選択をしたと思います。青山3丁目の交差点を少し広尾の方向に歩いた右側。


97年06月17日(火曜日)

 二日ばかり短いDIARYで失礼させてもらってるんですが、何がそんなに忙しいかというと、会社の仕事もなにやかやとあるのですが、個人的にもいよいよ本の仕上げが FINAL TOUCH の段階に入っているのです。いつもこんなに文章を書いているのに、「本」というのは本当に長い。まあいつも思ったことをそのまま短く書く癖が付いていますから、長く論旨一貫して、しかも読みやすくというのは、やっぱし challenging なんですな。

 コメントしようしようと思っていたのになかなか出来なかったのですが、のりちゃんが最近「ささやかに....」(ウソつけ)の中で、「ウィットのある文章の極意」というのと「わかりやすい文章の極意」という二部作を公開している。「文章のことなら、俺にも言わせろ.....」ではないのですが、まあ文章を読みやすくするコツだといつも思っていて、この二つのnoriko提案にも出てこないものを今日は私から二つだけ紹介します。

  1. 一つ一つの文章の最後の言葉、「です。」「いる。」などを、二つと続けない
  2. 体言止めをうまく使う
 これはずっと昔から気付いていたのですが、自分が書いた文章で「これはなかなか切れがある」と思う文章を読み返すと、一つ一つの文章の ending がその前後の文章の endingと絶対に違っている。今日のこれまでの文章を見ると、「です。」「長い。」「ですな。」「いる。」「ます。」「いる。」とその直前、直後と全部違う。「です。」「です。」「です。」や「である。」「である。」「である。」と同じendingが続くのに比べて、endingが多様だと非常に読みやすいのです。

 diaryだから、自由体で書けると言うことはある。しかし、これをなるべく論文とか長い文章でもやるのです。役所の文章を読むと、これが延々と同じ endingで続いていて、そのうち読む気を失う。気にしているわけではないのですが、私の場合は自然とできるようになっている。いつの間にか。もう一つは、endingを多様にするという意味で、体言止めをうまく使うことです。体言止めこそ、二度続けると文章の品位が落ちる。しかし、これをうまく使うと、文章にリズムが出ます。ちょっとトライしてみて下さい。案外、役に立つ文章作成上のtipsだと思いますよ。あそうそう、文章の中に英単語をそのまま使うというのも、文章に variety を与えます。やりすぎると「なんだこいつ」ということになりますが。読者層を考えることが必要です。
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 「ささやかに....」の中頃に、「.....リスト」で終わる文章四つと、「とりあえず全部チェックしてみたい人のためのエクセルシート」というラインでくくられた一群の文章がある。これがなかなか面白い。私も全部やってみたのですが、異常に他の人より高得点のリストが一つあった。どれとは言いません。それはそうと、彼女は日本語より英語の方がよほど文章はうまいと思うんだけど。いやいや、日本語が下手だといってるわけではないですよ......
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 U.S. OPENのサイトの動きについて木村さんと何通かメールを交換しているうちに、「見え方はブラウザによって違うかもしれない....」という昔から良く知っているはずの事を再び思い出しました。今は同じように「ブラウザ」といってもいっぱいある。一番大きな違いは IE とNETSCAPEのそれですが、それぞれにバージョンがいっぱいあって、最近はまた暗号関連の修復版とかいろいろあって、すこしずつ違うのを入れると「あたま」という感じ。サイトの特徴をそのまま書くと、そういう効果が出ない「ブラウザ」があるであろう....ということをつい忘れる。bench markがたくさんあるというのも不便ですな。といって一つ一つの製品の個性は重要だし。なるべくメンションすることくらいしか出来ない。ウーン、難しい。


97年06月16日(月曜日)

 引き続き、IN SHORTに。前日ワシントン・ポストが主催しているU.S. OPENのサイトが面白い効果を出しているのでそれを紹介し、この画面の「左から右に流れる効果は何でしょう.....」と書きましたら、Ms96さんから丁寧な返答を頂きました。

 これは、もうご存知の動画GIFです。 確か山形亜裕子さんのHPにあるTVもそうですね。 さて、方法ですが、インターネット雑誌のCD ROMにある 動画作成のソフトで作成できますよ。 このへんは、山形さんが詳しいかもしれませんね。 添付のファイルをブラウザのネスケまたはIEへ直接ドラックされれば 単独でお楽しみになれます。
 とのこと。まあ、ちょっと変わっていて面白いじゃないですか。パワーポイントに次の画面の出方を指定するコマンド(私は大体何が出てくるか分からないと言う楽しみを味わうために at random を選びますが)があるのですが、そんな感じですね。コンピューター雑誌は最近買ってないので、今度買ったらちょっと見てみます。


97年06月15日(日曜日)

 いらっしゃいませ(^_^)(^_^)。でも、今日は非常に忙しくてここを書いている暇がないのです。一つだけサイトを紹介します。U.S. OPEN のサイト。ワシントン・ポストが主催しているサイトが面白い効果を出しているので、それを紹介しましょう。ここにありますが、左から右に画面が流れるような効果が面白いでしょ。これはどうやるのですかね。ご存じの方は、お知らせ下さい。

 YAHOOも全米オープンのサイトを持っていますが、こちらは地味です。http://golf.yahoo.com/pga/ですが、このURLでは多分PGAのツアー全般を扱っているのでしょう。ENJOY !!!!!


97年06月14日(土曜日)

(^_^)(^_^) インターネットって、本当に便利だな、と今日は思いました。前日、「ウィロビーってどこだい ?????」と書いたら、まず木村さんから、「ENCARTA97 US版から」ということで、地図を送って頂きました。その地図が→のそれです。これで一発でシドニーの北にあり、綴りが「WILLOUGHBY」だと分かった。実は、杉並区から来ている資料にはカタカナしかないので、綴りさえ明らかではなかったのです。私も同じENCARTAを持っているのですが、そこまで頭が回らなかった。木村さん、TKS。

 綴りが分かれば、次にやることは決まっている。YAHOOに打ち込んで、市がHPを出していないか見るのです。そしたら、「市」としては二つのWILLOUGHBYが出てきました。世界でYAHOOに登録しているWILLOUGHBY市が二つあることが分かる。市以外では、会社とか個人とかいっぱいありましたが、有り難いことにYAHOOでは「市」は最初に表示される。もう一つのWILLOUGHBYは、アメリカのオハイオ州にありました。シカゴの近郊。で、そのオーストラリアのWILLOUGHBYは、CITY COUNCILというところがページを持っていて、なかなかしっかりしていそう。気候も良さそう。市の人口とか様々な情報もありました。シドニーの北の住宅街かな、というところ。

 そうこうしているうちに、オーストラリアの「M信託銀行の豪州現地法人に勤務している中崎さん」という方からメールを頂きました。

 早速ながら、6月13日付のCYBERDIARYを読ませていただいたところ、 「ウィロビーっていったいどこだい?」との記述がありましたので、 (おそらくもう他の方からお聞きになっているとは思いますが) 一応お知らせしておこうと思いメールを出させていただきました。

 ウィロビーというのは(もしNEW SOUTH WALES州内にあるのであれば) シドニーの市内からハーバーブリッジをわたって、車で20〜30分程度でつける、 どちらかといえば、郊外と言っていい地区です。 東京などと違い、シドニーは小さな街ですので、車で20分も行けば 結構自然があふれ、また、オージーは平気で裸足で歩いていますが、 ただ、日本にずっと暮らしていた私からしても、そんなに田舎という感じもせず、 暮らしやすい所だと思います。 私が週末に買い物に行くCHATSWOODというのも、確かウィロビーだったと思います。

 とのこと。中崎さん、有り難うございました。これで町の雰囲気も分かった。そこで、ついでにこのCITY COUNCIL にメールを出しました。「今度お宅からの派遣学生を受け入れる日本の家族でITOHというものですが....」。むろん、その返事はまだ返ってきていません。ウーン、でも速い。これだけのことをやるのに、全部の所要時間は1時間もかかっていない。映画評論家風に言えば、「インターネットって、ほんとに便利ですね......」ってなもんですな。
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 中崎さんは、「 東京にいた2年前までは、スポットのディーラーをやっていたので、 伊藤さんのホームページは大変興味深く読ませていただいています。 また、最近ではすっかり御無沙汰していますが、 一応金融プロフェッショナルフォーラムの会員でもあります。 そんなことで、勝手に伊藤さんに親近感をもち、 不躾と知りつつもメールさせていただきました」とのこと。済みません、私もNiftyserveの「金融プロフェッショナル・フォーラム」にはすっかりご無沙汰してます。そろそろ顔を出さないと、忘れられてしまう。中崎さんは最後に、「これからも、楽しみにしていますので、 ホームページをより一層充実させてください」とのこと。色々な国で見ていて下さる方がいらっしゃるのですね。たぶん、オーストラリアからのメールは初めてでした。アジア、アメリカ、欧州からは多い。どこかとんでもない(失礼)ところで私のホームページを見ている方がいたら、メール下さい。


97年06月13日(金曜日)

 どうしよ....どうしよ....

 7月4日から約10日の短期間ですが、オーストラリアのウィロビー市親善訪問団員のホストファミリーになることが決まっちゃいました。杉並区教育委員会からの連絡で判明した。「大変多くの家族」が応募した中で、「抽選によって決定」したという。となると倍率が気になりますが、それは知りません。募集は13家族で、我が家が一家族というわけ。でも何をするのかまだ皆目見当がつきません。男子が来るのか、女子が来るのかも。年齢も。我が家は中一の男の子ですから、男かな。

 でも、楽しみですね。完全に違った環境で育った人間が来る。まあ、自然体ですな。日中は学校に行くから、それほど大変でもないでしょう。しかし、「納豆」は食べるかな、「うに」は。外食に連れて行くのはどうかな、などと今から相当考えちゃいますね。インターネットでウィロビーなる市に連絡して、「What's going on ? 」と聞く手はあるけど、予想外の方が面白いし......とまあ、色々ある。ところで、ウィロビーっていったいどこだい....?????
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 今日の朝だったと思うのですが、アクセス・カウンターが「5万」を突破。MANY TKS。別に数を気にしていると言うことはないのですが、店を張っている以上、多くの方に来ていただいた方が良い。ところで、「5万」はどなた。ニューヨークの藪中さんが、「会議が終わって見たら、50005になっていた」と。「5万」の方も、名乗り出ていただければメシくらいごちします。そういえば、Fairladyさんは、東京に出てくる機会があまりないのかな。
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 夕方からは大場さんのところ(国際金融情報センター)のパーティーに出席。ここでの一連の会議での発言が今週の為替の変動の原因になったのですが、今日はそういう生臭い話はなし。やはりここでの話題の一つは、「当局の意向に従って動くようになってしまった為替レート」でした。私が特にそこで意見を言ったわけではないのですが、これはここ数日考えていた問題で、その理由としては以下の点が挙げられる、と思います。

  1. ディーリングの世界にEBSなど電子ブローキングが深く侵入してきて、いわゆる「為替の世界」が「個性的な厚みのある人材と、拡大するパイの世界」ではなくなりつつあること
  2. 日本の輸出入の不均衡がそもそも減少している上に、企業の為替オペレーションがコストの問題もあって「為替市場経由」回避の方向に向いており、資本も為替を積極的な収益の場として見る度合いが小さくなっていること
  3. 日本では自由経済で一番重要な「price movement」に対する敬意がまだ希薄で、「price mocement」を見て経済政策を変えるというより、依然として経済政策の結果として出てくる「price」の方を操作しようとする傾向が強いこと
  4. その操作の意図を競争の激しい通信社やベンダーが逐一報道し、市場がknee-jerk reactionを繰り返しているうちに、「素直な反応」への成功体験が積み上がって誰も抵抗出来なくなっていること
 が挙げられると思います。今の東京市場は「カスカスだ」(相場が一端動き出すと offer bid が十分供給されないという意味で)というのは参加者としての実感ですが、同じ事は業界(為替業界)の業容にも言える。大和さんがやっていたマーチン・ブローカーは既に為替はかなり前に止めていましたが、先月会社としてブローキングそのものを止めてしまった。今まともに為替のボイス・ブローキングをしているのは上位3社だけです。東フォレの青木さんがこの前来られて、「為替のブローキングに携わっている人の数は、一時に比べて300人は減った」と言っていました。むろん、銀行サイドの人員削減も進んでいるのでしょう。人材的にもカスカスなのです。急速に普及しているのは、EBSとロイターの電子ブローキング。各通貨でシェアは6割以上です。民間のサイドに業界として人的つながりの面で cohesionがなく、また昔数多かった「big player」が国内には皆無で彼等が提供していた流動性が枯渇していて、流動性もカスカスになったら相対的に政府の地位が上がるのは当然です。ドル・円ばかりでなく、暴れん坊だったドル・マルクの最近の著しい相場安定にもそうした傾向は見られる。

 ウーン、これ以上書くのはdiaryの範疇を越えるので止めましょう。続きは、月曜日のnews and analysisででも取り上げましょうか。政策サイドが抱える問題としては、「price」に対する考え方でしょうか。


97年06月12日(木曜日)

 いつもは激しく対立しているマイクロソフトとネットスケープが、「ネット使用者のプライバシー保護の方法」に関して「アライアンス」を組む...というニュースを見て、「さもありなん」という感じがしました。ご存じの方もいるかも知れませんが、「cookies」など、ネット上ではネット使用者のプライバシーが筒抜けになるかも知れない色々な仕掛けがある。

 むろん私もこの問題のプロではないので詳しくは知らないのですが、今まで読んだ参考文書によると、この「cookies」は例えば仮想商店街などを作っているサイト制作者が、そこを訪れた消費者のパソコンに情報として埋め込むものです。具体的には、消費者が与えた名前などの項目を、次にその消費者が訪れたときに「名前付きで歓迎する」ための仕掛け。それだけだと、問題ない。しかし、これが問題なのはこの「cookies」はその後の消費者のウェブ活動をモニターするという点です。いつ、どこのサイトを訪問したかといったヒストリーをです。

 どういうことが起きるかというと、一定程度たってその消費者が仮想商店街のサイトを訪問すると、その間に消費者が訪れたサイトがどっと情報として仮想商店街のサイト管理者に渡ってしまうという問題があるらしい。そうした消費者のプライバシーに関する保護に関して、最近ネットスケープが中心となってある手続きを提唱したのですが、それにマイクロソフトが「ジョイン」というわけです。必要なところでは、無駄な競争をしなくて良い所では、永遠のライバルと呼ばれるこの二社も手を結んでいる。
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 日本では「大競争」と呼ばれる今という時代の「競争」ばかりが、強調される。しかし、「そうだろうか」と私はしばしば思うし、これを今度の本の一つのテーマにしようと思っているのです。「アライアンス」という言葉は、最近もらった栗原さんのメールにも出てきました。ネットが発達する社会は、実は「誰と、どう組むか」というのが非常に重要な社会ではないか、と。

 「競争」と言う言葉は人々を興奮させる。それはクルーグマンが最近の本を指摘している通りです。しかし、いつもこれは面白い現象だと思うのは、「大競争」に相当する単語は英語では「mega-competition」ですが、この単語が英語圏のマスコミに登場することはほとんどない。彼等が新しい時代を表現する言葉は、「information society」であり、「post-industrial society」であったりする。どうも日本人が抱いている「変化が激しいことは競争的だ」という印象が彼等にはないのです。

 考えてみればこれは当然のことです。変化が激しいこと自体は、競争的でも協力的でもない。「守られていた国内市場」が外の風に晒されるという意味では、日本は他の諸国より「新しい時代は競争的だ」と感じている可能性はありますが、それでも経済環境の変化そのものが「競争的」であることはない。94年の春にFORESIGHTに二号に渡って書いた私の論文の題名は、「大競争時代が始まった」でこの「大競争」という言葉を流行らせてしまった責任の一端は私にあるのですが、この表現は変えて行かねばならいと思っているのです。
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 当時私とともにもっとも初期に「大競争」と言う言葉を使ったのは、今は日経新聞の論説主幹となっている小島さんですが、久しぶりに電話してしばらく話しました。小島さんも、私と色々な点で同じような考え方をされているようです。「競争」もする、しかしその一方で「アライアンス」を組む。個人でも企業でも、「誰とどう組むか」が重要な時代ということでしょう。


97年06月11日(水曜日)

 ウーン、今日は自前のはないけど、優秀なジョーク含みの3部作を紹介しましょう。題名は「為替戦隊タイ中銀」。

為替戦隊タイ中銀(その1)
為替戦隊タイ中銀(その2)
為替戦隊タイ中銀(その3)
 それぞれよく出来ている。こういう取り組み方をすると、この問題への親しみが急に沸きますね。シャープな南洋探題さんの作品。しかし、タイの努力を見ながら今日ネット上で読んだグリーンスパン連邦準備制度理事会議長の6月10日の講演を考えていました。計画経済と市場経済を比べたもの。どうも最近旧社会主義国に行って「計画経済→市場経済」の移行プロセスを考えたようなのです。スピーチはその成果。経済はなるべく「自由」にする、というのがよろしい。タイも苦労しているが、苦労の上に苦労を重ねているようでちょっと気の毒ですな。あっと言う間に楼閣が崩れそう。ただし、タイには友達(近隣諸国)が多い。ですが、一時的にヘッジファンドをやっつけても、経済政策に無理があれば最後は市場原理に押し流される。
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 タイの事を考えていたら、同じく10日にサマーズ米財務副長官がデンバーで行った「サミットに臨むアメリカの姿勢」といった題材のスピーチを思い出しました。これも凄い。ウォール・ストリート・ジャーナルで読んだのですが、契約してない人が多くてリンクを張っても読めないでしょうからさわりをちょっと紹介すると
''The United States today is in an extremely strong position. We are the only military superpower. It is increasingly clear that we are also the world's only economic superpower.'

 "The U.S. is the world's most flexible and dynamic economy.'' And for that reason is positioned ''to interact with the emerging world due to our global reach, the diversity of our people and the flexibility of our institutions.'

Summers underscored that other major industrial nations, like Japan and those in Europe, would benefit greatly from more flexible economic regimes. And he added that the U.S. also stands to gain from bigger export markets if Japan pursues an aggressive deregulation effort, and Europe is ultimately successful in attaining the economic convergence goals it has laid out for monetary and economic union (EMU).(赤字は筆者)

 勝利宣言ですな。この問題については13日の News and analysis で詳しく取り上げても良いと思うのですが、「the diversity of our people and the flexibility of our institutions」はアメリカだから出来るという点もある。アメリカ以外の国は、日本を含めて今後も難渋しそう。
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 妙齢で美しい「安田」さんから、「安田記念」のあった6月8日は、「私も家族で東京競馬場に居ました」とメール。ウーン、競馬には「伊藤特別」なんてのはないな。JRAに「私は安田。だから安田記念では外れても、せめて掛け金くらい戻して....」なんて言ってはいないようです。「安田家」の「安田記念観戦」は、ナイスな楽しみ方ですね。


97年06月10日(火曜日)

 So the small world is changing !!!

 今日は、「日本の銀行もここまで変わってきたのか」という挨拶状をもらいました。クレディ・スイス・ファースト・ボストン銀行の香川元支店長からのもの。「8年間在籍した同行を円満退職して、古巣である あさひ銀行 に勤務する運び」との内容。香川さんは業界の先輩でかねて存じ上げていますから、さっそくあさひ銀行の方に電話しました。聞き慣れた貫禄のある、ドスのきいた声で出てこられた。

 お聞きすると、あさひ銀行は外部からディーリングの世界で人材を募集していて、米銀から既に3人採用し、マネージャークラスとしては香川さんが入られたとのこと。ディーラー・ベースでは外銀から邦銀に戻るという話は最近珍しくないのですが、香川さんほどの大物が邦銀に戻ったといういう話は聞いたことがない。古巣とはいえ。正直ちょっとびっくりしましたね。「変化」を感じた...といえば大げさかも知れませんが。

 日本の銀行を取り巻く環境は、実に厳しいものがあります。それは日々のニュースを見れば分かる。過去のとの決別に大変な労力と時間を要している。そして個々の銀行の選択の問題ですが、次の戦略も見えたわけではない。手探りです。しかも、今までの護送船団に慣れた分だけ、戦略策定に手間取っている。それは競争に慣れた海外の銀行の目からすれば、「カメの歩み」であるはずだし、そこで働く人間達の新しい勤労論理・倫理も問い直されている。

 日本の銀行業界全体を取り巻く環境は引き続き厳しいでしょう。しかし、必要に迫られたということもあるのですが、とれる措置から日本の銀行も取り出したと言うことでしょう。むろん、「それで間に合うか」という問題は残りますが。「プロ」の時代ですね。
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 あちこちで人が動いている。いろいろなレベルで。ある航空会社やある銀行では、トップ陣の一部がごそっといなくなった。戦後の日本を考えれば良いのですが、それはそれぞれの企業にとっては、実は大変な活力源になる可能性を秘めている。回復に「全治3年」とかいう新聞記事も見ますが、私が見るところ逆にこれらの組織は今後動きが速くなるのではないでしょうか。

 中間管理職や若手のクラスでも cross-industry (業界をまたいだ)または intra-industry (業界内の)の人の動きも速くなっている。それぞれの人の選択ですが、経済構造が大きく変わり、業容が大きくなり人材を必要とする業界とそうではない業界が盛衰の形で出てくる中では、また働く場を「給与を得る場」のみならず、「自己実現」の場と考える分には自然な動きでしょう。あとは、動いた人が思った通りの力を発揮し、相手先でも評価され、視野を広げ、職域も広げて働くことを価値あるものにできるかどうかだと思います。一つの方法は、得意分野を持つことでしょうか。自己過信はいけません。

 正直言って、これからの10年、20年というのは大きな変化の時代だと思います。経済の基幹的なテクノロギーが変わって、人々の働く職場の基本的なビジネス・ツールが変わり、よって働く形や必要とされるスキルも変わる。それは否応なしにやってくる。職場が変われば、職位のあり方や名誉の体系、給与の体系も変わる。どんな変化も、私は「活力が出る方向」であれば、まずは歓迎すべきだと思います。高齢者に活力がないとは言いませんが、それはやはり若者とは動きが違う。「高齢化社会」というのは、「活力不足」社会になる危険性がある。最近私は、「活力第一主義」という考え方を温めています。予算の分配、規制緩和などあらゆることに、「活力が出るかどうか」をとりあえず基準に考えてみるのです。

 「変わる、変わる」と騒いでみても、変わらないものもある。生命体としての「人間が本来的にもつもの」「人間性」とでもいうものでしょうか。これは変わらない。人間をあまり理想的な動物だと考えるのも危険です。あまりにバーを高くした社会は、結局最悪の結果に終わる。社会主義がそうですし、理想郷を唱える宗教もそうです。社会も思想もしなやかなものである必要がある。


97年06月09日(月曜日)

 It's a small world.

 日本経済新聞の K 君の結婚式に電報を送ったら、式の司会をし、電報を読んだ彼の大学の同期が実は私と同じ会社、同じ部の人間だったり、今週末結婚する代議士秘書の近藤さんの元の職場の同僚が、私にメールをくれた人の奥さんだったり、ウーン、世の中狭い。こういうことはいっぱいありそうですな。
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 ところで「一周年のコングラ・メール」。たくさんの方から、MANY TKS。一人一人の方にメールをリターンしているのですが、送った方のメール・アドレスそのものが違っていてどうしても行ってくれないメールが一通あります。「送ったのに、リターンがない」と思われている方。大変恐縮ですが、正しいアドレスで送っていただければ幸甚です。
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 最近 cyberdiary なのにその辺の記述がなかったので、二つくらい進歩したところを。これも知っている人からすると、「なんだ」と思われるかも知れませんが、PDFをワードなどに落とす方法を一つ見つけたという単純な話と、MICROSOFT BINDERを使い始めたという話。

 恥ずかしながら、今までPDFは手のマークが出てきてテキストとしてコピーし、それをワードや秀丸に載せるのは出来ないと思っていました。解説書を読まないものですから。しかし、がちゃがちゃといじっているうちに、「ツール」のところに「テキスト選択」とあって、「これはなんだ」とやってみたのです。そしたら、あら不思議。完全にテキストとしてコピー選択できるではないですか。これは便利。

 どういう時に便利かというと、翻訳の時などです。英語の文章をダウンする。そして翻訳(日本語)をその英語の文章の中に規則正しく入れていくのです。固まりとして。今までは翻訳をするときは、紙を見てスクリーンを見てで目線の動きに無駄があった。PDFファイル情報をワープロ上やエディター上に持ってくれば、辞書ソフトも使いやすくなるし一石二鳥ですな。元の英文は最後に別にひっつけておいて、英語を消した後でもそれで検証するようにすれば良い。翻訳をしている人にお勧めです。また、PDFファイルを使いたいという人にも。PDFファイルの作り方については、もうしばらくで始める予定です。

 バインダーの使用も、必要に迫られて覚えました。ワード・ファイルも大きなものになると引き出すのにちょっと時間がかかる。特にFDから引き出すには。それが無駄。そこで、「バインダーとはなんぞや」というわけです。使ってみたら、何が便利かといって、ファイルからファイルへの渡りの時間が非常に節約できる。別ファイルが直ちに立ち上がるのです。これは例えば本などの長い文章の幾つかのファイルを管理するのに非常に便利です。むろん、一つ一つのファイルはかなり充実したあとですが。バインダーはもともと、ほぼ完成したファイルをうまく管理するツールですから。しかし、むろん訂正・削除・挿入などいろいろ手を加えることも可能です。長い文章を持つファイルをいくつか同時に扱っている人に推薦です。


97年06月08日(日曜日)

 ほぼ丸一日、府中の「東京競馬場」におりやした。指定席で一日競馬を見ると言うのがテーマだったのです。息子と近所の子供2人の総勢4人。パドックで実物をじっくり見学したり、レース場のこのなんというか一日のワーキングやそこに集まる人の雰囲気、それにむろんレースを楽しむというのが目的で。ゴルフの時以外日曜日なんてあんまり早起きしないのに、6時には起き出して家を出たのが6時45分。着いたのが、7時40分くらいでしょうか。武蔵野線の府中本町の駅から直接入れる。

 びっくりしましたね。指定席の一番、二番、三番手までの高い券はすべて売り切れ。四番手も長い列。結局D席という指定(1000円)を買って入りましたが。G1(昨日は安田記念でした)がある時には、凄い人が集まる。それでも席自体は、東京ドームの指定よりよほどゆったりしている。指定がいいのは、馬券の売場がちょっと歩くと直ぐあることで、人も少ないので人混みの中を歩かなくて良い。ゆっくり見られるのです。レストランもいっぱいありますから、ゆっくりしていても良い。今日を最後に秋まで東京開催がない、のというのが今日来た理由の一つでもありました。

 一番面白かったのは、パドックです。今までゆっくり見たことはなかった。しかし、しばらくたたずんでいると色々なことに気づく。

  1. 走るために約300年前に同じ祖先から、同じような環境で生まれてきたにもかかわらず一頭、一頭が持つ違い
  2. 500キロ前後の巨体を支える細い足
  3. 実に磨き上げた綺麗な体
  4. ついでに言うと性格の違い
 パドックは馬が流れていますから、次々に見ることが出来ますがその一頭、一頭の体の違いは明らかです。大きい馬、小さい馬、足の長い馬、磨きがかかった馬、お尻の張りのある馬。実は顔はあまり区別がつかない(かぶりものをしている)のですが、人間と違って体が全部出ていますから、その違いたるや歴然です。だからどういうタイプの馬がよく走るのかは知りませんが、「こんなに違いがあるのか」というのが印象。テレビでレースを見るには違いがわからないじゃないですか。

 多分、馬同士ではもっとお互いの違いが分かってるんじゃないでしょうか。「こいつはなかなかタイプだ....」とか。「嫌だ」とか。逆に馬から人間を見るとどう見えているのですかね。「体隠してるから、こいつらよく個性がわからねえ...」なんて最初は見ていて、そのうちだんだん違いが分かってきたりして。足の細さは驚異的です。あれだけ細いから速く走れる。しかし、一見して脆弱だと分かる。馬はよく骨折しますが、あの細い足であれだけ速く走るのが、危険と紙一重だとよく理解できます。

 色つやも明らかに違います。中央に出てくる、また出場できている馬達ですから、出来は良いに決まっている。地方には山ほど上がって来れない馬がいる。しかし、その選ばれた馬の中でも、もう体が光輝いているのもいれば、これはちょっと疲れているのではと思える馬もいる。そのまま賭けると負けますからどこか他の要素(血統とか距離適正など)も見なければいけないのでしょうが、パドックは面白い。

 レースはやはりコーナーを回って最後の直線に入ってくるくらいのところが一番どきどきします。力を出し切ってもう加速できない馬、気合いが入ってもう一段スピードを上げられる馬、後方から差す馬。騎手の動き。場内の歓声。G1のレースは他のレースとはやはり「歓声」が違う。まあ、一年に一度くらいは競馬場で一日を過ごすのも面白いかも知れない。
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 「もしかしているかな」と思って携帯でラジオ短波の記者室を呼んで「N君は....」と聞いたら、いました。朝6時くらいから来ているらしいのです。昼飯時間に5階にある記者席・放送席を見せてもらいましたが、結構狭いところでした。中山は大きいのだそうです。カメラ、放送施設、アナウンサー席とところ狭しという配置。どこかで見たようなアナウンサー達がいました。解説で有名な大川さんは廊下で見かけましたが、非常に小さな人でした。斉藤陽子さんには残念ながら会えませんでしたね。でも競馬を見ながら思いましたが、相撲もそうですが、人間って本当に色々な職業を作りますね。世界で競馬で生計を立てている人はどのくらいいるのでしょうかね.....。人間てのは職業を作る動物だと。コンピューターなんて恐くない。


97年06月07日(土曜日)

 良い天気。絶好のゴルフ日和で、実際に部のコンペでゴルフに行ったのですが、まいりやした。足柄といえば山々山の土地柄ですが、そこの「東名富士カントリークラブ」。日頃行っているゴルフ場とは全く違う印象のする、昔のちょっとシャビーな感じのそれで、クラブハウスの入り口からびっくりしたのですが、またコースがひどかった。もの凄い打ち下ろしがあると思えば、当然もの凄い打ち上げがあり。疲れました。確か2年ぶりくらいで大台に乗ってしまった。ニアピンを一つ取るのが精一杯。ちょともう勘弁というコースでした。あれでは「もう一度挑戦...」という気にはちょっと...です。
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 話は一日戻るのですが、韓国の大宇証券の姜理事や今の同証券の東京事務所長の金さん、それにもう一人ロシアと木材の商売をしている韓国の方、内藤さん、内田さん、下村さん、加島君などと茶楼で食事会をしたのですが、いろいろ面白いことが聞けた。まず第一に、塩野七生さんの「ローマ人の物語」が韓国で大ヒットになっていて、最近塩野さんが韓国で講演もしたというのです。最近は日本の本でもかなり韓国で売れるものが出てきているそうですが、その中でも売れているという。シーザーがなぜ女性にもてたかなどという話で盛り上がりましたな。塩野さんの本に書いてある。塩野さんには3回ほどお会いしましたが、「女傑」という感じですな。もの凄い賢い人で、私が今でも思い出すのは「あまり有名になりそうになると、しばらく出ないようにしている」と。「ピーク→ダウン」は確かに激しい。今の日本でも。そして塩野さんの人気は息が長い。

 第二には、北朝鮮の食糧不足は本当に深刻だと言うこと。これはマスコミが伝えている通りということになります。韓国の人に北の話を聞くと、よく日本のマスコミで聞く話と違うことが聞けるのですが、食糧不足だけは本当のようです。まあ、国としてももうあまりながもちしないんでしょうね。第三は、韓国にはまだルーズソックスと援助交際はない(だろう)ということ。ルーズソックスはもう日本ではちょい下火の気配ですが、後者は聞くところによると、まだ多いらしい。日本では。しかし「韓国ではない」と思われると言う。儒教文化の影響が強いと言うことでしょうか。第四は、「韓国で人気の女性職業」というジョーク。断っておきますが、これは私が言ったのではない。韓国の方々に教えてもらいました。たまにはこういう話もいいでしょう。

 5位=看護婦
 4位=エレベーターガール
 3位=銀行のOL
 2位=幼稚園の先生
 1位=家政婦
 その心は......と書こうと思いました、やっぱりやめました。ちょっと書けない。これが傑作なのです。メールをくれた人だけに教えます。パーティー・ジョークとして使える。内田さんが、『日本の場合は、「1位=証券レディー」にしよう』といって、またまた盛り上がっちゃいました。
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 大勢の方から「1周年」に関してコングラ・メールを頂きました。ありがとうございます。こうしたポイントを機会に、なるべく多くの方とメールのやり取りが出来ればと思います。ぜひ、ROMの方は遠慮せずにご一報下さい。


97年06月06日(金曜日)

 ジャーン。もう一つジャーン。実は実は、今日はこの私のサイトが立ち上がっての「一周年」でございました。そう考えてこの日を設定したんで、覚え易いんですよ。96年6月6日。「6」の三揃え。やっとというか、早くもというか。

 なぜホームページを作ったか。多分「楽しいだろう」という遊び気分と、「俺にも出来るはずだ」という挑戦の気持ちがあったと思います。良かったかって。「Perfectly」。だってやっていなければ出会えなかった多くの友達が出来ましたし、多くの技術に出会えましたし、その一部を使えるようになりましたし、瞬時に色々な人と情報交換が出来るようになりましたし、ネット上に自分のデータベースが出来ましたし、デジタル信号の操作性の良さを実感できるようになりましたし......。数限りない。

 多分何十年か生きてきて、収穫が一番大きかった一年だったように思います。まあこの媒体は私にあっている。「文章」という世界、「相場」という世界、「変化」する世界、目の前で操作できるという「世界」、誰とでも交信(コミュニケート)できるという「世界」。数え上げればきりがない新しい世界が生まれた。最近思うのは、まあ一種のホームページ仲間とのなんというか一種の連帯感。「相場観」は違っても、モノに対する見方が違っても、「俺はこう思う」と書いてしまう forward looking なところが一緒だから、あいつの気分はどうで、頭はどっちを向いているか手に取るように分かる。文章をどこから見ても元気がなければ、「落ち込んでやんな」ととりあえず笑ってやる。そして頃合いを見て、メシを食う。おもろい世界でっせ。えらく元気だと、制御してやりたくなる。
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 多くの人に影響され、多くの人に影響を与えた一年でした。年齢を問わず、ホームページの諸先輩には多くの影響や示唆を知らずに受けていたと思う。俺より早くページをもっていた人は、今でも活発に活動中。正直言って、BOBUや、ばぶぱこ、それにるーさーのページを見たときは、「おぬしらやるな」と思いました。それに西村君や、和田ちゃん、それにもう一人挙げるとすると東(あずま)の協力がHPの立ち上げには不可欠だった。多くの人の世話になっている。

 私より後でホームページを作った人には、逆に多少の影響を与えているのでしょう。「何月何日までに作ったらメシをごちしてやる」と言ったら作った内藤とか、ウーン、斉藤にも影響を与えたかな。小生より遅く作ったのに、はるかにカウンターで先を行ったSTATIONWAGON とか。ウーン、カウンターで負けても、相場観では俺の方が断然上だな。最近「こいつ頭がいい」と思うのは、NORIKOでんな。山形のHPはかわいいし、しらちゃんのそれは、知性丸だし。わたしより上の世代、例えば内藤さんのHPも立ち上がってきた。ナイス。
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 むろん、HPを持たない人にも大変、大変お世話になってます。ニューヨークの藪中さん、いつもレポートをありがとう。フランクフルトの梅本さん、いつも適切なコメントありがとう。もう感謝、感謝。その皆様への感謝の気持ちを込めてもう一つ言いますと、97年6月6日に一つ「本」を書き上げました。日本経済新聞から7月の下旬に発売になります。むろん、ネットの世界、デジタルの世界を非常に多く取り上げています。まだ完成ではなく、最終改善中です。「読んでめちゃめちゃ批評したい」という向きには、ちらっとお見せします。ご一報を。でもほんと、楽しい一年でした。

 Thanks and good luck to you all!!!!!!


97年06月05日(木曜日)

 予想外の人から電撃的なメールが来ると、ちょっとしゃきっとしますね。眠いときに読んだら、目が醒めました。まあ、妙齢の女性だから、いつ結婚してもおかしくはなかったのですが。

 近藤です。大変ご無沙汰です。
ご無沙汰ついでに、、、

あの、今度結婚することになりました。
ご連絡が遅くなりすみません。
式は6月14日(土)です。

 近藤さんは、私がかねてから親しくしている名古屋出身の国会議員さんの秘書さんなんです。この事務所のデジタル化に二人してちょっと尽力した(インターネットを導入したのですが)経緯がある。そういえば、あのaptiva君はちゃんと動いているだろうか。彼女がオーケストラに参加しているのは知っていましたが、どうもcounter partyもその世界の人のようです。面白いのは、インターネット上にメッセージボードを設けていて、そこにメッセージを集めている点。ソースを見ましたが、JAVASCRIPTで書かれていました。そうか、インターネットもこういう使い方があったんだ。なかなか良い企画です。urlにリンクを張りましたが、私のdiaryを読んでいらっしゃる方は皆さん上品で、いたずらなどしないと信じて張りましたから、宜しく。結婚と言えば、日経のK君の結婚式は7日の土曜日。電報、でんぽー。
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 メールといえば、ニューヨークの藪中さんからちょっと思い当たる節がない、おかしな現象についてのメール。
 きょう伊藤さんのサイトを開けようとしたら、「このサイトはコンテンツ アドバイザーによって規制されています。パスワードを入力してください。」との メセージが出てきた。そもそも、コンテンツアドバイザーとは何ぞやから始まって 、半日を費やしてしまった。これは、インターネットの内容をチェックするシステ ムみたいです。で、いろいろやってみると、セキュリティのチェックシステムであ ることがわかりました。そこで、言葉とか、セックスとか、ヌードとかの項目があ って、たまたま、ヌードで「部分的な露出」を規制する設定になっていました。 別に、設定したつもりはありませんが、とにかくそれを解除するとなおりました。 でも、日記に規制される様な内容、絵が出ているわけがない。
 藪中さん済みません。半日も費やさせてしまって。しかし、「ヌードの部分的露出」とは何でしょうね。このdiaryの中にそんなもの見つけた方いました(?)。あたしゃ、何もしてません。裏ページもありませんし。いろいろありますね。ブラウザが勝手にいたずらしたんでしょう。頻発したら、作者としてそれにふさわしいものを掲載.......。いやいや。
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 もう一つメール。こちらは係争にまで発展しているケースです。
 おはようございます。 こちらにもNIFにもご無沙汰を続けております。 実は、著作権関係でちょっとトラブルを体験し まして、新聞にも取り上げられ、という状況で して、中々余所を見に歩く余裕が持てません。 もしよろしければ、私のホームページから ご一読頂いてご意見等頂ければ幸いです。 魚住耕司
 私だけでなく、今後のネットでの著作権全体に関わる問題ですから、魚住さんに何かアドバイスあれば、メールを送っていただければ幸甚です。ウーン、こういう問題は、NORIKOから私と同じように変わった人種と判定されたバブちゃんが詳しいかもしれない。
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 いろいろなメールの相手をしていたら、体調もよくなりましたよ(^_^)(^_^)。


97年06月04日(水曜日)

 札幌で三日間寒い思いをしていたためか(実はホテルも寒かったんです)、のどが痛い、体が重い。のどが痛いのは、ちょっとしゃべりすぎもあるかもしれませんが。「りら冷え」後遺症群とでも呼びましょう。出張の前後にいろいろな人に「投げかけれたこと」へのリターンとか、メールの返事があるのですが、ちょっと体調不良ということで。では。


97年06月03日(火曜日)

 札幌の京王プラザを出たのが午後4時20分くらいで、高円寺の家に着いたのが午後8時18分くらいでした。4時間。極めて順調に移動しての時間ですから、やっぱり日帰りは無理な距離ですな。北海道は。もちろん、日帰りなどする気はありませんが。羽田に着いて最初に感じたのは、「暑い」ということ。やはり数日いただけで、向こうの涼しさに慣れてしまっていた、というわけです。札幌にいる間はずっと「涼しい」と思ってましたから、温度は随分違う。しかし面白い話を聞きました。旭川の人は、札幌を「あんな暑いところ」と言うのだそうです。「じょうてつ」の宮本常務が言ってました。

 札幌でも京王プラザの講演会場では power point を使いましたが、支店の担当者は設置にちょっと苦労したみたいですな。プロジェクターとかの。京王プラザも「それはなんですか」ということで、専門のリース会社に電話したらしい。見つかって「やれる」となったのが数日前。ホテルの側も関心があったのか、講演会の間ずっと一人見てました。まだまだ power pointを使って大きな講演会をやる人は日本では少ないようです。だからこそ、私はこれを使うことにしているのですが。

 札幌の京王プラザホテルには、「ビジネス・センター」がないのには驚きました。今はたいがい有名なホテルにはある。びっくりしたのは、「ビジネス・センターはないの」とホテルに聞いたら「それはなんですか」と聞き返されたこと。ホテルマンは他のホテルに宿泊して、そこの施設なんかをチェックしないんですかね。札幌にも、ルネッサンスとかグランドとか良いホテルが他にもありますが、まあ講演会場のホテルに宿泊するのが通常は賢明です。大体安くしてくれるし、しかも「講師だから」というと大体講演が終わるまで部屋を使わせてくれる。京王プラザも午後4時半まで時間を延長しました。これが便利です。終わったら着替えて出発できる。飛行機の中で背広を来ているのは苦痛ですから。

 出張すると名刺が溜まる。ウーン、e-mail番号が入った人は一人もいなかったな。でも、オフィスがlanで結ばれていた先は結構ありました。まあ、パソコンが紙に埋まっているように置かれているのが滑稽ですが、これは今の日本のデジタル化の限界でしょう。もっとオフィスは綺麗になるのに。多くの人に会うと、勉強になる。今のような変化の激しい時代は、本で読むより、新聞で読むより、人に会うのが一番の最新情報です。


97年06月02日(月曜日)

 真昼の温度が11度とどこかに表示されていました。札幌では、6月初旬に冷えることを「りら冷え」というらしい。しかし、例年より寒いそうです。今年は。札幌の人も「寒い、寒い」と言っていましたから。

 しかし空気は綺麗だし、今日は晴れてなかなか良い。札幌支店の苫小牧の取引先に昼飯を誘われて札幌ー苫小牧の中間にある千歳空港からも近い「NIDOM」というリゾート・ホテル兼ゴルフ場の落ち着いたレストランで食事をしましたが、昼なのにバイオリニストが出てきてレストランの中を演奏して回っていたのにはびっくりしました。(食事をしていたのは、我々ともう一組だけだったなあ)窓から見る外の雰囲気は「秋の軽井沢」という感じで、よく整備されていて東京から芸能人などがよくお忍びで来るらしい。ゴルフ場はちらっとしか見ませんでしたが、札幌近郊で良いゴルフ場は日曜日に私もプレーした札幌ゴルフ倶楽部の「輪厚コース」とこの「NIDOM」らしいので、たった2日間で一応両方に行って見たことになる。両方とも千歳から30分以内で、「NIDOM」は川奈と同じで宿泊すればできますから、このコースでゴルフをするのも良いかもしれない。ただしコッテージは全部で29棟しかないそうです。

 札幌は食べ物がおいしい。海のものはむろんですが、今日食べたものでは「桃太郎」というトマトが美味しかった。「浪速亭」とかいう店で食べたのですが、トマトの先がとがっていて、甘いのです。このレストランが「べっちゅう」したものだそうで、トマトにかける「たれ」がまたよい。思わず東京へのおみやげに買ってしまいました。「べっちゅう」とは、「別途注文」のこのレストランでの略らしい。「オリジナル」と言ってくれればわかったのに.......。

 浪速亭での会話はもっぱら競馬。千歳空港から札幌方向ではなく逆に南に走ると苫小牧で、そこから東がいわゆる「日高牧場」と呼ばれる競馬馬の産地。むろんそこまで行く余裕はないのですが、過去の有名競走馬が悠然と子供馬を引き連れて走っているそうです。いつか来たい。たまたま日曜日のNHKのサンデースポーツの特集が家族経営の小さな牧場からダービー出場馬が出た話でしたので、盛り上がりましたね。私は知らなかったのですが、東京ではコンビニで馬券を売る試みが始まっているのだそうです。

 夜からは雨で、「すすきの」をふらりとしようと思いましたが、その気にもならず。日中何回も東京に電話しましたが、相場は静か。大体予想通りか。


97年06月01日(日曜日)

 東京は非常に良い天気で期待して来たのに、札幌は雨でした。といっても、小雨。9時半の飛行機で着は11時過ぎ。実際に飛んでいる時間は1時間20分くらいですから、近い。朝一の飛行機で来て、空港の近くのゴルフ場でゴルフをして、また東京に帰れる範囲です。北海道のゴルフ場では18ホールを通して回りますから、ラウンド所要時間は4時間ちょっと。夕方の東京に帰る便に十分間に合うという訳です。

 午後は一つゴルフを入れていて、秋に「全日空オープン」をよくやる「札幌ゴルフ倶楽部 輪厚コース」で。「輪厚」は「わっつ」と読みます。北海道にはアイヌの呼び名がいっぱい残っている。「輪厚」も当て字でしょう。北海道でゴルフをするのは初めてでしたが、やはり本州のゴルフ場とはかなり違う。まず感じるのは、芝やラフがからむ。午後は雨もやんだのですが、雨上がりもあってか非常に重い。クラブヘッドをうまく抜くのに苦労する。

 「北海道は球がよく飛ぶ」と聞いていたのですが、それは雨上がりで風も強かったので、実感できず。テレビの番組などでよく見る IN の17番は実際やって見ると、なかなかチャレンジングです。グリーンにあと130ヤードくらいで急激に左ドッグ・レッグしていて、第2打をきちんとプレースしないとグリーンが絶対狙えない仕組みになっている。周囲は高い木で、フェアウェイでもグリーンを狙えない場所がいっぱいある。

 これは伝統のあるこのクラブの特徴でしょうが、木々が立派に育っていて、林に入れたら絶対冒険はできない。「曲げたら終わり」というなかなかハードがコースです。しかし、いかにも「北海道」という広いホールも結構あって楽しめる。まあ雨上がり、多少の風、初めてのコースといろいろあって100を切るのがやっとでしたが、また来たいコースです。午後5時過ぎには上がりました。
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 札幌は去年の8月にも来たのですが、景況はちょっと聞く範囲では好転していないようです。「倒産が頻発している」という話。これという産業がないんですな。北海道は。「観光」が売りになるんでしょうが、東京から片道2万4300円ですか。往復5万円近くかかる。まあグァムやハワイに行った方が良い。北海道より北には豊かな消費者はいない。九州の南には豊かな消費者がいっぱいいる。ハウステンボスですか、アジアからの観光客の誘致にかなり成功している。九州には産業もいっぱいある。

 「北海道開発庁」というのがありましたが、こうした庁などを通じて、年間多額の開発資金がつぎ込まれ、これに依存していたツケた回ってきたという意見も聞きました。聞いて寂しいのは、北海道で人口が増えている都市は、札幌、北見など4つくらいしかないそうなんです。「観光」といっても、ハイシーズンはホテルから何からめちゃ高くする。稼ぎ時とばかりに。この戦略は疑問ですね。新しいエアラインへの期待はあるらしいのですが、肝心の北海道財界がまだ「様子見」だそうで、資本金は2億円。今の料金の半分での運航を狙っているようですが、まだまだハードルは高そう。

 「新会社を立ち上げる」→「とりあえず運航を始める」→「行き詰まる」→「JALかANAが買収して別会社とする」→「組合のしがらみにとらわれない運航をする」→「料金引き下げを実現する」というルートもあるようですが、そんなにうまくいくかどうか。全日空の騒ぎで「組合」のすさまじさは世間に伝わりましたが。

 北海道は悩んでいるといったところですか。


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