<カウンターから日本が見える=新潮新書(2006年9月20日刊)-Cyberchat>



関連1=新潮社の新刊書紹介雑誌「波」への小生の原稿

 今とっても恐れていることが一つある。この本を読んだ知り合いから、「ここに連れて行け、あそこに行こう」と繰り返し言われそうなことだ。ある程度は覚悟しているが、繰り返し同じ店に行くのは好きじゃない。馴染みの店もいいが、一方でいつでも新しい店を開拓したい方なのだ。まずはこの場を借りて予防線を張っておきたい。

 「食」を扱った本だから、いろいろなレストランは登場する。しかしこの本は料理の本でもレストランの本でもない。何の本かというと食の形としての「カウンター」に関する本である。どこで生まれ、なぜそこは楽しいのか。カウンターで食事をすることを始めて恐らく30年以上は経つ。何をやっていたのかと思うのだが、今回本にまとめたことはやっと今年に入って気付いた。「料理カウンターは日本にしかない」と。

 カウンター好きである。店の人と仲良くなって、心地よい時間を過ごしたいという気持ちが強いのだと思う。そこで交わす冗談が好きなのだ。フラットな関係が良い。今年初めにインドから帰ってきた直後だった。銀座の萬久満で食事をしながら、「ありゃ、こんなレストランの形式は世界の他の国にはないな」と初めて意識した。インドや中国で自分の食事を作ってくれた人を見たことはない。日本では板前さんが目の前に居る。「面白い」と思った。それがこの本を書くきっかけである。春からちょうど関西テレビの仕事が毎週入っていて、大阪・京都取材をゆっくりできたのも良かった。

 一つの表象的な現象(ここでは「カウンターの存在」)は、多くの社会的背景の積み重ね故にある、というのが私の考え方だ。なぜ日本にしかないのか、なぜカウンターには上座下座がないのか。春から夏にかけて取材しているときが一番楽しかった。お金はかかったが、疑問が氷解していくのが面白かった。料理に関してそれほど深い知識がなかったことが、「なぜ」の頻発につながったから一冊の本にまとまったのだと思う。「これはこう」と決めつけていれば、この本は無かった。

 ショックだったのは、「食」は関西のものだったことが否定しがたく確実になったことだ。東京には「関西割烹」がいっぱいあるのに、大阪や京都には「関東」、もっと具体的には江戸をウリにする店は僅かに寿司屋だけ。なぜかと以前から思っていたが、今回理由が判明したのも収穫だろうか。考えてみれば、僅か100年前の世界中の人々は、冷蔵庫もない中で「保存」という制約の中で食事をしていた。今という時代が、何と幸せなことか。

 「職人である板前が中心の世界=カウンター」は、はっきり言って日本の誇るべき文化だと思う。内容は、ちょっと「領空侵犯」だったかもしれない。しかし、日経新聞のこの名前を冠した連載は、私の好きな記事の一つでもある。

 (注=9月01日に原稿完全脱稿→新潮社が原稿を印刷所に引き渡し)


2006年09月11日(月曜日 著者見本10冊が完成・引渡)

 (24:42)あれ、重要データをUSBメモリーで持ち運んでいる人は、気を付けて下さいね。IT業界の人と話していたら、「さもありなん」という事情が明らかになりましたので。

 何かというと、最近の泥棒の話です。車上荒らしを含めて。昔は彼等の狙いは現金だった。ところが最近は、USBメモリーを狙うのだそうです。最近のUSBメモリーは最高4ギガ程度まで容量が膨らんでいる。通常の人間が一生掛かっても書ききれないほどの文章が入る。その中には機密文書も入っているでしょう。

 狙われるのは、学校の先生とか警察官。USBメモリーの中に、いろいろ外に出せないものが入っているじゃないですか。現金はあるだけ。しかし、「あなたのUSBメモリーを持っていますよ.....」と脅せば、現金以上の収入になる。

 実は「なになにが流出した」とニュースになるのは、実際発生した事件の100分の一程度らしい。あとは、何らかの取引をして取り戻しているのだそうです。お金を渡して取り戻している人もいるでしょう。恐ろしい話ですな。

4代前のおじいちゃんの新書と、私の新書  しかしもっと言えば、別に盗む必要はない。USBメモリーのデータは、2.0だったら非常に短時間に接続したPCに移植される。メモリーを戻しておけば、別に不審がられることもない。うーん、外付けのHDDには暗号化技術が使われているものがかなり出てきている。しかし、フラッシュメモリー型のUSBメモリーでは私はまだ見ていないような。もっぱら、使用している人間が管理を気を付けないといけない。皆さん、十分にお気を付け下さい。
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 ところで、この週末から月曜日にかけては私は新書を一挙に2冊もゲットしました。一冊は予定通り新潮社の内田さんから頂いたカウンターから日本が見えるの試し刷りの10冊。思っていたよりちょっとコンパクトというか、薄目に出来上がっている。読みやすいかも知れない。

 もう一冊の新書は、週末に諏訪の実家に残っている古い様々な文書を探していて見つけたものです。私の4代前の伊藤定太(さだた)という祖先は和算家だった。それは知っていた。下が五つ玉とか上が二つ玉とかの算盤がかいっぱいありましたから。走り書きのような文章は見たことがあったが、きちんと製本になって残ったものは今まで探したこともなかったし、気付いてもいなかった。

算法利率新書の序文  ところが、「算法利率新書」という彼が書いて出版した本が3冊ほど出てきたのです。写真の通り、薄い紙に被われている。そこから出して読む形になっている。出版したので、数冊を手元に残したのでしょう。右の写真の通りです。まあ考えてみれば、「新書」とはなんぞやということですよね。中を見たら、私の4代前の祖先の本は明治33年の2月に書き上げて、6月に出版されている。

 出版社は東京上原書店(代表者名は上原才一郎さん)とあって、最後を見たら住所は「東京市神田区裏神保町六番地」と明記してある。今のどの辺でしょうか。あとで調べようと思います。

 「裏」がおかしいと思って何回も見たが、そう書いてある。しばらくして「間違いじゃない」と分かったのですが、その理由は印刷者が「藤澤外吉」という人で、その人の住所は「東京市神田区表神保町二番地」となっている。神保町はその昔は「表」と「裏」があったんですな。これも面白から調べてみましょう。

 この「新書」の序文は、別の写真の通りです。うーん、いろいろな金利を一目瞭然に計算した本というような意味でしょうか。ようわかりません。古文書は少し慣れれば読めるそうですが、駄目ですね私は。まったく不器用で。しかし、そのうちせっかくだから少しは読めるようになれればと思っているのですが、どうでしょうか。

 今手元の手帳で「明治33年」が西暦何年か調べたら、ちょうと1900年でした。笑えますね、我が家の祖先は106年も前に私が今週出そうとしている「新書」をもう出していた。なんということでしょうか。


2006年09月12日(火曜日 本に登場する店店、人々を紹介するサイトを立ち上げ)

 この本に登場する店店、人々を紹介するためのサイトをhttp://www.ycaster.com/eating/rescounter.html作りました。2006年09月12日に大阪の「本湖月」を訪れたところから始まります。今後このサイトで本に登場する店を紹介していこうと思っています。私が本を出した後に訪れた順。


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