<大地の組成が違う国・オーストラリア(2015年暮れ→16年正月 シドニー)-Cyberchat>

 2015年の年末から16年の正月第一週半ばに掛けての旅行先にはオーストラリアのシドニーを選びました。その前の年末年始も先進国のイタリア(ローマ、ベネチア、フィレンツェ)でしたが、今回は南半球。いつも「僻地旅行」を狙っているのですが、そうそう候補が浮かび、メンバーが揃うわけではない。

2015年にサヨナラ  行ける途上国・地域も徐々に少なくなっている。チベットはもう無理だし、新疆ウイグル自治区もいろいろ問題がある。ミャンマーはまた暫くしたら行きたい。変化が激しいので、時間を置けば凄く変わって面白そう。対してブータンはもういいな。あまり変わりそうもないので。

屋根が少し黄色くなっている  サマルカンドの印象が良かったのでユーラシアの大陸内部も面白いが、それはまたということで、今回は私にとって初めてのオーストラリアのシドニーを選びました。オペラハウスでの年越しを含めて。あとで写真も掲載しますが、綺麗でした。

 一晩泊まりでしたが、世界的な奇岩と言えるエアーズロック(ウルル)にも行きました。カタジュタの存在は知らなかったし、岩の組成も今回初めて知ることが出来た。写真で一杯ウルルは見てきましたが、砂漠の真ん中に忽然と出現。砂漠と言えば15年夏のゴビ砂漠を思い出しました。開発度は違いますが。エアーズロックは数日いても良いようなホテル群があって、気候も良かった。

体重比で噛む力が一番強いそうな  明確な南半球の国は80年代の前半に行った南アフリカ以来かな。なかなか地球の南には行く機会が無い。今度あったら南米に行きたい。東京が冬の間に南半球は夏。しかし今度のシドニーは夏らしい日々だったことはありませんでした。肌寒かった。温度はあって22〜23度。「寒い」とシドニーの人達。

 オーストラリアはアメリカよりも若い国。人口はアメリカの10分の一以下。コンパクトな国です。面白かったですよ。日本と景色が違う。「山」がないので。深海の大地がそのまま隆起して出来た大陸。火山もない。日本列島とは大きな違いです。

夕暮れのウルルは綺麗でした  だからシドニーの近郊に「ブルーマウンテン」というのがあるが、日本人からすれば「どこが」と思う。だって「山」じゃないですから。オーストラリアは大きい。だからいろいろ回れば面白いかも知れない。大きな農場も面白いかも。しかししばらくはいいかな。他に行きたい場所もある。


2015年12月27日(日曜日)

 (23:40)実に実に久しぶりにシンガポールに合計で6時間ほど滞在しました。1990年代まではよく来たのですが、21世紀に入ってからはまだ未開の途上国や地域、具体的にはブータン、モンゴル、チベット、新疆ウイグル自治区、ミャンマーなどに行くのに忙しくて、全く来ていなかった。

2015年12月27日のシンガポールの夕暮れ マリーナ・ベイ・サンズの最上階から  調べたら1999年にシンガポールに来て、チンホワ(京華小吃 Qun Zhong Eating House)という店に行って、「小籠包」と「餃子」を食べたと書いてある。文章には『「小籠包」と言えば台湾の「鼎泰豊」も有名ですが、この店のそれも決して負けていない。いやそれ以上かもしれない。しかも良いのは、安いのです。リークワンユーがよくきたことで徐々に有名になったと聞きました』と書いてある。

同じ場所から ちょっとカメラを右に向けて  思い出しました。その店は確かに美味しかった。今回この店にもう一度行きたかったが、何せ時間が無かった。ちょこっとでも「変わったシンガポール」を見たかったので。行ったのは奇妙な形で有名なMarina Bay Sandsですか。3棟の高層ビルの上に曲がった船が載っていて、そこがプール(57階)になっている。笑えました。よくこんな設計を思いついたものだと。地震のある国の人間には思いつかない。

 それにしても、シンガポールは人工都市ぶりが一段と進展している。人口も以前覚えた400万人からはるかに500万人を超える水準になっているようで、かつ林立するビル群は近代都市そのもの。しかし外を歩くと相変わらず蒸し暑く、その空気の臭いには「かつてからの」の印象がする。

 とにかくこのホテルが入っている一角は馬鹿でかいプロジェクトで出来上がっていて、確かに飽きない。しばらくは。しかし昔から私の考え方は「膿んだところがない都市には魅力が無い」というもので、その印象は拭えなかった。

 うーん、シンガポール滞在は「たった6時間だった」というのは正解かも知れない。


2015年12月28日(月曜日)

 (22:40)韓国には慰安婦問題の解決を必ずしも望まない勢力がいるというのが私の見方だったので、まず政府間で合意が出来るかどうか、その後韓国国内の世論がどう動くかの2点がポイントだと見ていました。

 その点で今回の日韓合意、即ち「最終的かつ不可逆的な解決」が双方から発表され、かつ「韓国政府は、今般日本政府が表明した措置が着実に実施されるとの前提で、日本政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに批判することは控える」(韓国外相)との合意もあったことは評価できると思う。

 しかし「韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体と話し合いを行い、適切なかたちで解決するよう努力する」(同)という部分は、要するに今後の展開次第。疑念が残る。

 韓国挺身隊問題対策協議会など韓国の市民団体は、まだ公式な論評を避けているようだ。しかし多分「少女像の撤去、または移転」に関しては、組織内部からかなり異論が出ると思う。韓国政府がそれにどう対処できるのか。

 ここ20年ほどの韓国の国内政治状況を見ていると、明らかに「対日」「抗日」が韓国国内の大きな政治的モチベーションになっている。政府も社会も、そしてマスコミも。多分それを失うことの喪失感は大きい。ある意味「敵がいなくなる」状態。

 だから、政府はこれだけ声明を出したのだからひっくり返しは出来ないにしても(日本がやることをやれば)、市民団体にしろメディアは「次は何を」「何か寂しい」と思うに違いない。ということは、何かの切っ掛けがあればまたまた「日本はけしからん」論が出てくるのだと思う。安倍首相の物言い一つを敢えて取り上げても、彼等はそうしたいに違いない。。

 政府間合意が出来上がったのは、当然双方にメリットがあるからだ。特に朴大統領にとってのメリットは大きくもあり、しかしリスクもある。なぜなら任期5年の半分を過ぎたというのに、同大統領には「これ」といった成果がない。南北関係は行き詰まり、アメリカを袖にした外交は袋小路で、選んだ中国の経済はダウン。よって韓国経済もダウン。韓国の新聞を見ると悲観論が蔓延している。

 その中で長年、韓国の歴代政権が懸案としてきて、李明博政権の最後に「もう一歩で合意」というところまで行った「慰安婦問題が朴政権で合意」となれば、慰安婦の多くの方が「よし」とし、市民団体が静かになれば、明らかに朴大統領にとって成果だ。成果だが、そこにリスクが潜む。果たして国内世論(メディアを含めて)は収まるのか。

 安倍さんにとっては、「保守だからこそ出来た妥協」と言える。同じ事を進歩派がやったらちょっと騒がしくなる。しかし安倍さんがやったとなったら、あえて文句は言わない右寄りの人も出てくる。安倍さんにとっては朝鮮半島での自分の動きは、自分の評価になるとの思いもある。

 多分最低1週間はかかる。韓国の世論の先行きを見るためには。その間に各勢力がどう動くのか。しかし改めて思う。今回の日韓関係改善の為の措置がこのまま進むとして、今後日本は韓国に何を期待できるのか ?

 政治的にも経済的にも「かなり微妙」というのが私の判断だ。歴史的にも中国が怖い韓国の姿勢は政治、外交の世界でそれほど変わらない。では経済ではどうか。慰安婦問題で合意が出来たからといって日本企業の対韓投資が劇的に増えることはない。韓国はマーケットとしても小さい。

 とすると、歴史的精算に一歩近づいたにしても、もしかしたら「隣国同士でいつも喧嘩している」という日韓両方にとっての悪しき評判(世界の国々が持つ印象)が少し引っ込む程度かも知れない。


2015年12月29日(火曜日)

 (00:40)先進国に行くときには、「さてテーマは何にしよう」といつも思うのです。大部分の国について歴史はある程度頭に入っているし、失業率も知っているし、街にある店も想像が付く。対して途上国や、あまり日本に情報が入ってこない国に行くときはワクワクする。

パディントンにある集会所 昔から使われたんだろうな  今思い出しても、ブータンとかミャンマーにはワクワクしたし、「シベリア鉄道乗車」は行く前にもう興奮した。片付けで有名になった近藤麻理恵さん(konmariと自称 片づけコンサルタント)の鉄則は「手にとってワクワクしないモノは捨てる」らしいので、本当はあまりワクワクしないところには行かない方が良い。

 しかしそんなことをしていたら行ける国が少なくなってしまうので、何か興味深いものを探す必要がある。シドニーに関しては「まず歴史から入ろう」と思ったのです。空港からホテルへの途中でオックスフォード・ホテルというのがあって、その一角が古そうだったのでタクシーの運転手さんに聞いたら、「ここは古い街です。シドニーでは」と。

 なのでチェックインして直ぐに戻って、そこからパディントンに。出る前に調べたら英国人が最初にセトルしたのがその辺で、オックスフォード通りはもともとはアボリジニが作った道とか書いてあったし、「おしゃれなブティックが出来ている」とも書いてあったので。

ニューヨークではattachedと読んだ低層集合住宅が並ぶパディントン  オックスフォード通りから少し入って、古そうな、そして考えようによっては京都の町家のような集合住宅を眺めながら。同じような attached と言われるくっつき(隣家と)住宅はニューヨークのクイーンズにもあったし、当時の住宅としては代表的なモノだったんだろうなと思いました。割合と横幅は狭い2階建て。

 ショップに立ち寄ったり、パブに入ってコーヒーを頼みながらwikiでああでもないこうでもないと調べたり。アボリジニがシドニーの歴史から登場するのはちょっと意外で、そこはワクワクしました。住宅の並びも面白かったな。場所的にはパディントンは高台で、右見ても左見ても湾が見える。

 「湾の監視も出来るし、なかなか良い場所だな」と思いながら、与那国の住民が「収税船が来ないかずっと高台に住んで見張っていた」という与那国ツアーのガイドの話を思い出していました。多分初期のオーストラリア人はイギリスに税金を払っていたから、らしい船が来たら対策を練ったに違いない。

 オックスフォード通り沿いの店は洒落ていましたね.....と書きたいが、本当の意味での「おしゃれ」ではない。シドニーらしい、というか。女性ものは分かりませんが、男性モノについて言うと結構「Tシャツ」などの類が充実していた。ま、夏ですから。気温は20度から23度。適度に乾燥していて、シンガポールより遙かに過ごしやすい。

シドニーの中華街の入り口  パディントンでいろいろ歴史的建造物を見た後は徒歩でそこから西にある中華街に。門を入って最初に眼に入った行列の先の店の名前は「帝皇餅」。しょうがないのでちょっと並んで買ったら、写真のような「半熟カステラ」。今も東京駅内のサウスコート(っていったっけな)にある半熟カステラ屋さんが作品を小さく作ったらこうなるという印象。

シドニーのチャイナタウンで人が一番並んでいる帝皇餅 大行列なのでどのくらいうまいのかと思ったのですが、「熱々だから食べられる」類いのものかな。うーん、あの大行列はやりすぎ。中華街なのにレストランで人々の並びが一番大きいのは「mamak」というマレーシア料理の店。凄い人気。シドニーにいる間に一度はと思いました。

 でも笑えるんですよ。全く違和感なし。道路の名前はイギリスのどこかから必ず取ってきている。とっても馴染みがある。オックスフォードとかエリザベスとか。「もうちょっと違うのにしたら」と思うほど。車は日本と同じ左側を走っているし、治安が良く夜歩いても安全だ。英語が通じるし。そういう意味では緊張感は無いに等しい。までも歩くと、そうは行っても面白い。

 明日はまだシドニーですが、その後は豪州内をちょっといろいろ移動します。


2015年12月29日(火曜日)

 (23:40)いろいろ驚くことがありました。まず朝。オペラハウスを対岸から見ようとロックスのホテルを出てハーバー・ブリッジを走って渡っていたら、背中に securityと大書した警備員が一定距離を置いて5〜6人もいる。何だろうと思って一旦通り過ぎたのです。

対岸から見たオペラハウス 右の客船は夕刻に出航しました  しかしキリビリ・アベニューの突先まで行って対岸から写真を何枚か撮って帰ってきてもまだいる。しょうが無いので、「何しているの ?」と聞いたら、「自殺を防ぐためさ。今はそれほどでもないが、昔は沢山飛び込んだ奴がいて....」と。「橋の上の交通事故が起きた際の対策の役割もあるが」とも。

自殺防止の為の警備員達  でもびっくりしますよね。だって例えば私は先日レインボーブリッジを渡ったが、警備員なんていやしない。うーん、日本ではあまり橋の上から試みる人はいないんでしょうね。欧米では多い。カリフォルニアの例の橋とか。国民性の違い ?

 次に昼間ピット・ストリートを歩いていたら、なにやらアップルストアの風情でMicrosoftと大書してある店がある。何だろうと思ったら、赤い制服を着たアップルストアと同じようなにこやかな女性、男性達が。えらく愛想が良い。

 彼女ら、彼等はそろってとっても自慢そうなんです。何故か。「アメリカ以外では初めて出来たマイクロソフト・ストアです」と。揃ってそこを強調する。そう言えば日本で見たことはないな。オーストラリアではマイクロソフトが強いのか。

今のシドニーは花が豊富です。  しかし見るスマホはやはりアップルのiPhoneが圧倒的に多い。なぜシドニーに最初に作ったのかは知りません。そこで初めてマイクロソフトがウォッチ対抗の意味もあって作ったbandを初めて手に取りました。ナイキが作って直ぐやめた例のバンドよりちょっと高級な感じ。店員が「安い、安い」と強調。確かにアップルの一番安い機種より安い。

 ウォッチをその時していたので、ちょっと比べたら、うーん新聞は読めないし、ちょっと私には不向き。しかし運動系の機能は結構充実している感じ。あの手の時計の特徴は、「一つしたらあとはいらない。データの継続性もあるし」ということで、暫く説明を聞いて「分かりました」と出てきました。

暮れなずむオペラハウスとハーバーブリッジはとっても綺麗です  しかし店の作りはとってもアップルストアに似ている。一階で製品を並べて展示し、2階で....と続く。アメリカでは結構あるらしいが、日本でも作るつもりなのか。しかし混み様は銀座のアップルストアの方が込んでいる。

 いずれにせよ、シドニーは綺麗な街です。坂が多いという点ではサンフランシスコに似ているし、街の中にまで海が入り込んでいて船の往来が多いという意味ではイスタンブールにも似ている。今の季節はシドニーは花が綺麗です。

 日没(夜8時過ぎ)からのオペラハウスをまた別の角度(ミセスなんとか)から見ていたのですが、それはそれは綺麗でした。大業なライトアップはなかったが、それはそれで落ち着いていて良かったし、例のビビッドなんとかの時にはいったいどうなるのだろう、と思いました。その時期に来るのも良い。


2015年12月30日(水曜日)

 (14:40)あらら、考えたら今年は夏に2度もの砂漠(地帯)訪問。夏はモンゴルとゴビ砂漠、そして今回はオーストラリア大陸のど真ん中の砂漠地帯。たまたまそうなっただけですが、ちょっと珍しいかも。

 それにしても最初ホテル名を見たときには「冗談かよ....」と思いました。砂漠の真ん中にあるのにホテル名がSAILS IN THE DESERT HOTELというんですよ。訳せば「砂漠の帆ホテル」。その形状からかな。来て分かった。ま、よく考えたとは言える。

土が赤いエアズロック近くの砂漠  空から見ると聞いてはいたが、土が、というか砂が赤い。こんな赤い土壌を見たことはないな。ゴビ砂漠の砂漠とも大きく違っていて、「砂漠にもこんなに差があるんだ」と。ゴビ砂漠には高い木はなくて、ちょぼちょぼ草が生えていただけだが、ここのそれには1メートルちょっとの灌木がそこかしこにあって、草もまとまって生えている。世界中の砂漠の植生は違っているんでしょうね。同じ砂漠の地域内でも地域によって全く違うはずです。

 「エアーズロック」という日本語名から、ずっと「空気」に関係あるのかと思っていたのですが、今回調べて全然関係ないのを発見。大体綴りが「Ayers Rock」ですから。総督だか知事だかの名前だそうです。

 そう言えば昨日オペラハウスの写真を撮った「Mrs Macquarie's Chair」という地名は「なんで椅子なのかな」と思ったら、Macquarieという名前のガバナーの奥さんがそこが好きで椅子を置いてゆったりした場所だからと。タクシーの運転手から聞いた。確かに海に突き出た良い場所です。今のその周りはボタニカル・ガーデンになっている。

とっても小ぶりなエアロックの空港  ゴビ砂漠もそうでしたが、ここでも完璧な地平線があちこちで見える。暑いが乾燥していて気持ちが良い。シーズンとしてはローらしいが、それはそれで晴れてもいるしナイスです。時差はシドニーから1時間半という中途半端な時間帯。ということは日本とは30分しか違わないということ。「エアズロック」はほぼ日本の真南に存在することになる。

 これからエアズロックには2度行く。夕方にかけてと、もう一度は4時起きして明日の夜明けの赤い岩を見に。良い天気になって空気が澄み、良い写真が撮れますように。


2015年12月31日(木曜日)

 (08:40)太陽が西に沈む中で、その光を遮る雲はなく、ずっとウルル(エアズロック)を照らし続けてくれました。それを赤く染めながら。日の入りはアップルウォッチによれば午後7時37分。「その10分前から刻々と色合いが変化します」とガイドさん。その通りだった。

U字型谷間  そもそもに赤い砂(土)の赤と、そして夕暮れの赤が一緒になって、それはそれは綺麗でした。その綺麗さは今までも写真で見てきましたが、実際にウルクの全景が見える時点から見ると、その壮大さはまた格別です。

 凄く風が強かった。帽子を飛ばされそうになるくらい。しかしそれがウルルを美しく見せているのかもしれない。自然の造形にしてはよくできすぎている。明日はそれに登りますが、もともとは4臆年の前は8000メートル級の山。そこから流出した細かい同質の砂が厚い層となって堆積し、それが一旦海深くに沈んで圧力(水圧)で岩石となり、それが今度は隆起したらしい。

そしてV字型  実は行く前に調べてたのですが、ウルルにはカタジュタという相方がいる。それは大きな一枚岩の反対側の隆起岩で、こちらは細かい砂から出来ているのではなく、岩を含む様々な砂、土、岩石の堆積物が押し固まって岩となったもの。

 行ったのはまずそのカタジュタ(現地の言葉で「多くの頭」という意味らしい 確かに)ですが、こちらは名前の付いた山のような大きな隆起岩石(山)が数多くあって、それらには名前が付いている。山と山の間が浸食もあって深い谷となり、それが写真で掲載したようにV字ラインやU字ラインを作り出している。

この光がエアズロックを照らす  夏は45度、冬はマイナスという苛烈な温度変化の中で、カタジュタでは巨大な岩肌から大きな岩が落ちている跡がいくつも見られる。その間の「ウォルパ」と名付けられた渓谷を散策するとアルファベットが出現するというわけです。U字カット、V字カット。とにかく乾燥しているので、「こまめに水を飲んで下さい」とガイドさん。必要です。

 そこを見た後行ったのがウルル。カタジュタとは車で30分程走って着く距離。それが地下で繋がっているというのだから凄い。ウルルはご存じの通り胴体だけの大きな岩の塊。カタジュタも味があるが、ウルルの方は「よくこのまま残ったものだ」と思うくらい饅頭を置いたような綺麗な形をしている。

 アボリジニの人々が絵画など芸術品を売っている。夕陽を見るのに忙しく、時間も無かったので話も出来なかったが、今度もう1度行ったときにはいろいろ買っても良いと思いました。とにかく夕暮れは釣瓶落としで、本当に直ぐに真っ暗になる。

 改めて「絶景」だと思う。泣きたくなるように綺麗です。地平線のある景色、回りは灌木と草があるだけの乾燥した砂漠。そこに吹く強い風と、夕日に染まる大きな、そして綺麗な形をした饅頭岩石。富士山がそうであるように、「これだけを写し続けている人は一杯いるだろうな」と思いました。だって刻々と表情が変わる。富士山がそうであるように。高さは東京タワーよりちょっと高い354メートルだそうな。カタジュタの一番高い山は600メートル近い。

 でも一番面白いガイドさんの話は「駱駝」のそれかな。ともとも駱駝はオーストラリアにはいなかった。使役のために連れてこられた。車がオーストラリアに普及する前に1万頭になっていたそうな。とっても重い荷物を運べますから。便利です。

 車が普及したとき、オーストラリアの人達は「どうせ死ぬだろう」と砂漠に放った。そしたら大繁殖。今は100万頭もいて、一部では駆除の対象になっているとか。知らなかっただけ面白かった。「今やオーストラリアは世界一の駱駝産出国」(大部分は一こぶ)だと。ははは。その肉は美味しいらしい(ちょっと食べる気はしないが)。


2015年12月31日(木曜日)

 (12:40)富士山もそうだが、遠くで見るのと近くで見るのとは全く違う。「ウルルは饅頭を丁寧に置いたみたいだ」と遠目には思うが、どっこい接近してその回りを散策すると様相は全く違う。それが面白い。

朝陽を浴びるウルル、2015年最後12月31日のウルル朝陽  何があるのか。突起あり、ハートマークのケーブ(洞窟)あり、滝の跡があり、男の聖地や女の聖地があり、さらに部族を統括する老人詰め所があったりする。動物や人間が水分を補給する池も涸れそうになっていたがある。実に変化に富んでいる。

ウルルの女性達はここで調理をしたそうな  ウルルを一周すると10.60キロだそうです。皇居2周分プラスの距離。「走れるな....」と思ったが、湿度9%の世界でどうなるか分からないので止め。グループに帯同してウルルの回り二カ所を散策しました。合計5キロほど。決して日本にはない景色、空気、樹木なので堪能した。その時はいろいろ木の名前や部族の昔話に関して覚えたが、多分直ぐに忘れるだろうな。

 でも重要な事はウルルがユネスコの世界遺産であることは当然ですが、「複合遺産」であること。自然遺産であることは当然として、加えて「文化遺産」でもある。私も来て初めて認識しました。

 何故か。それはアボリジニの人々が何万年も前にここに到達して、この岩回りで長く生活を営み、そして文化を育てた過去があるし、今でも彼等にとって「ホーム」であること。壁画がその古い文化を物語るし、今でもウルルの周囲には彼等が「聖地」と指定する場所が多くあり、故にオーストラリア政府や観光局もそこを「撮影禁止」としている。我々もそれに従った。

何億年もの浸蝕で実に綺麗に仕上がった岩肌  ここで一つ覚えたのは「ジュクルパ」です。それは「道徳観、経済的価値観、行動の規範、生活の知恵、環境保護、親族組織から、人間、動物、植物、地形など地上に存在するありとあらゆる自然の起源まで、市民社会がこの世に存在するに必要なことのすべてを定義するもの」とされる。それだけの幅の広さはヒンズー教を想起させる。

 さらにモノの本によれば「ジュクルパは、大宇宙と人間の摂理を説明する科学であり、大自然の中に生きる人間社会が平和に存続していくための知恵の集約である」(「精霊の民アボリジニー」 白石 理恵著)とも。

ウルルの回りには数カ所に渡って壁画がある  つまり彼等の文化はリアルなものであって、過去に存在したものではない。カレントなのです。だからウルルの回りを散策すると、「私たちはウルルに登ることを望まない」などいろいろと主張が書いてある。敢えて登った40人が今までに命を落とし、その中には日本人3人が含まれるという。(もっとも今はルートガイドの鎖が切れて、そもそも登坂禁止となっている)

 分かりにくいのは彼等が「ジュクルパ」を他の人々に説明しないこと、とされる。立ち入って欲しくないかも知れないし、知らせないのが文化と考えている可能性がある。しかしそれが彼等の「文化」であるからして、大切にしなければいけないとオーストラリアの人々は考えた。

 その辺はアメリカ人とちょっと違うかな。罪の意識が強い。75万人ほど最初いたアボリジニの人々の数はその一割に減り、今も増えてはいないらしい。むろんここに移ってきた人にも罪を着せるのが難しい面がある。疫病などは抵抗力のない人々に一気に広がる。不可抗力的に。

 そういうことをある程度知ってウルルを見るのと、ただ綺麗だと見るのとはやはり違うんでしょうね。私もとっても勉強になった。日本で写真を見て「綺麗だ」とただ思っていたのだから一歩前進できた気がする。

たまに降る雨で聖なる池もある  気になったのはアボリジニの人々の結婚観ですが、ガイドさんは知らなくてネットで調べたらこのようなサイトがあった。どうやら教育には爺、婆、つまり村の長老が行っていたようで、彼等は黒板代わりに岩肌を使い、それが壁画になったものもあるらしい。


2015年12月31日(木曜日)

 (14:40)シドニーやエアロックスなどオーストラリアの空港のセキュリティは厳しい。オーストラリアの人々ですから、皆愛想が良いのですが、チェックの中身は非常に厳重です。「スレット(脅し)でもあったのか」と聞いたら、そうではないが....とセキュリティの一人。

 世界的にもテロの恐怖は高まっているのですが、オーストラリアでは年末に2度、3度具体的な計画が発覚して逮捕者が出ている。そんなこともあるのでしょう。私もそれに引っかかりました。

 先が丸くなっている極めて小さいハサミを洗面用の小さいバッグに入れていたのですが、シドニーとエアリックの空港で2度も「バッグ開け、取り出し、確認」の作業を同じようにされた。

 今までそれをチェックされたことはなかった。バッグを開けさせる前に、例のスクリーンを2度3度と実によく見ている。機能を代えて。他の人達もあれやこれやと細かく調べられていた。だから人の流れが空港で遅いこと。気を付けないと。

 オーストラリアの空港の人々が「愛想が良かった」のは、「きっちり調べなきゃいけないが、だからといってオーストラリアを嫌いになって欲しくない」という気持ちがあるのだと感じました。個性、国民性もあるのかもしれなが、とにかく良く話しかけてくる。愛想良く。

 だから、あの手の超小型ハサミにしても「もう持ち運ばない」というのが当たっていると思う。オーストラリアだけでなく、世界中でセキュリティが厳しくなっていることは容易に想像がつく。シナイ半島のロシア機の例もあるし。

 その一方で「これは大丈夫かな」と思ったのはアップル時計。「電子機器」には間違いないと思うが、離着陸で「スイッチ・オフ」とは言われなかったし、「機内モード」も要求されなかった。「危険じゃない」というのが一般的な考え方かもしれない。

 アップル時計は別にし、「空港で引っかかるもの」は明らかに増えている。「ちょっと考え直そう」というのが今回の旅の結論でした。それでは皆さんには良い年末・年始をお過ごし下さい。


2016年01月01日(金曜日)

 (11:40)エアズロックから31日の午後に帰ってきてシャワーを浴びただけでオペラハウスに。年末恒例の「New Year's Opera Concert+花火」というコースで、日本よりも早い時間(2時間)の年末年始を初めて体験。

はなから凄い人出でした  コンサートはオペラといっても一流どころが4人最初に次々に出てきて歌い、その後男子ペア、そして女子ペアが共演・競演、最後は盛り上げ.....という例のパターン。当然ですが劇はなし。でも司会者がとってもユーモア溢れていて面白かったし、歌も年納めには良すぎるほど良かった。

オペラハウスの内部  でもとにかく警備が厳重で、オペラハウスには手前4キロくらいからどちらからも一般車が近づけない仕組みになっていて、歩きも規制の対象。初めての私たちの身にはちょっとうろうろ。チケットもネット予約の交換式なので、引き替え所に行くのが人をかき分け一苦労。花火だけのお客さんも多いので。

 圧巻だったのはやはり花火でしょうか。オペラハウスの左手にはハーバーブリッジがあって、ある意味視界を遮っている。なので、その橋を実にうまく使うのです。

 アーチ式の花火は橋のアーチを使って、下部の車道・歩道は下にナイアガラを作ったり、光のページェントに使ったり。そう言えば同じ制服を着た作業員が私が渡っている最中(二日ほど前)も盛んに上がったり、下がったりしていた。花火の仕掛けを作っていたんだと今から思う。

ゼロになると花火が始まる  むろん橋以外にもいろいろな場所を打ち上げに使っている。プランも毎年違えているのでしょうが、結構大変だと思う。オペラハウスの左がメーン会場ですが、突然左サイドで上がったりする。大阪の天神祭りの花火ほどには拠点が割れていないが(帝国の前と天神橋 ?)、全部見るには位置取りに工夫がいる。この船が一番カラフルで綺麗やった

 オペラハウスと橋の間も、その前後も海が入り込んでいますから、綺麗に全身(マストの上まで)を白くイリュミネートされた各種の船が花火が始まる前は海の上をこれ見よがしに移動し、始まると花火鑑賞に邪魔にならないようにアウトサイドに散って。

 雰囲気がやっぱり日本のそれとは違う。私たちは花火鑑賞券付きのオペラ観劇だったので、午後8時前から元旦午前1時前までずっとオペラハウスの中にいました。シャンパンと簡単な食べ物は用意されていて、もうカウントダウンが始まる前からかなりの盛り上がり。シャンパン、食べ物すべてインクルード。

 「0」を指したその瞬間から花火が橋メインで始まるのです。写真は「4秒前」のものですが、これがゼロ担ったときがシドニーのニューイヤー。オーストラリアは時差のある国なので、西に行くほど後ずれする。

花火は日本のものと違って、また綺麗でした  年末年始は世界各地で経験していますが、一番の喧噪はニューデリー、その次がイタリア、その次がシドニー、そしてスペイン、トルコ(イスタンブール)かな。その時にどこにいるのかで違ってきますが。ニューデリーはディスコの中でしたから。

 その場所でせっかく新年を迎えるのだから、なるびく人々の中で新年を祝うようにしています。あ、忘れていた。ずっと以前にニューヨークのタイムズスクエアで新年を迎えたことは当然あります。駐在したので。あれも楽しい喧噪だったな。

 誰とでもキスするというのは嘘で、まあ知り合い中心です。今回はオペラハウスの中は上品でしたが、外は夏ですから寒くもなく、一部は大ディスコ大会。あそこにいればちょっと様子が違ったと思う。

 それぞれの方がそれどれの形で新年を迎えたと思います。今年一年が皆様にとって本当に良い一年でありますように。私もなるべく多くの場所に出没したいと思っています。


 
海の上を動き回るヨットなどの船。一番綺麗だったのが左側の大きな船

左上が書けているのはオペラハウスの天井が入ってしまうため

オーストラリアでも花火の最後の〆はナイアガラの滝でした


2016年01月02日(土曜日)

 (23:40)全くもって面白い年明けです。日本人にとっては正月の1日、2日、3日の三日は「三が日」でお休みは当然ですが、日本以外の国の多くの人にとっては2日からは普段は普通に仕事に復帰する日。しかし今年は2日から土日に入ると言いことで、言ってみれば結果的に「世界中が3連休状態」

シドニーのハイドパークにあるアボリジニの人々を顕彰する碑  見ているとここシドニーでも「ラッキー」と思ってこの夏の三日間を実にゆったり過ごしている。どこに行っても凄い人出です。世界中そうなんでしょうね。海外の連中にとって「お正月で帰省」といったことはないので、日本のように渋滞は起きていないようです。

 2日はあちこちに行きましたが、面白かったのは「Sydney Fish Market」かな。日本のマーケットは基本は業者向けですが、海外は「消費者向け」が多く、ここもそうです。ナマ一匹というよりは切り身で最初から売っている。そのマーケットの中に日本の築地で言う「場外」が入っている印象。

 そこで買って、海岸の席で食べるのですが、もう椅子の取り合いのような状況で、人出が多い。日本ほど繊細な魚料理は食べられません。オーストラリア全体に言えるのですが、国がまた新しいと言うこともあって、どの料理を食べても「耐えられる。しかし特に美味しくはない」というレベル。しかしそれはそれで面白い。

 ここに暫くいて感じるのは、「物価が高い」ということ。日本人が海外で「ここは物価が高い」と感じるのはそうは多くはない。ポンド高だったときのロンドンのホテルの高さには閉口したことがあるが、それ以外は今までは「ここは安い」と思うケースが多かった。

シドニーには路面電車もあります。3両編成で大勢の人が利用  しかし今は円安もあって違います。オーストラリアの物価高は知ってはいましたが、「これでは庶民は大変だろうな」と思う。気候も良いし皆呑気に生活しているようでいて、日本にもいますがショッピングバックで生活している人も多い。

 「政治」に対する不満は非常に強いようです。年末のオペラハウスでのコンサートでも、司会者が「今年もまた新しい首相をオーストラリアは迎えました......」と政治をいじっていた。会場が沸くこと。

 タクシーの運転手の中には、「ターンブル(今の首相)はゴールドマン出身で、俺たちにとって何も良いことはない。炭素税が突然2倍になる。けしからん....」と怒っている人がいました。「ここのやつらはシープ(羊 多分国民の事)だ。全く.....」と容赦なかった。

シドニーの魚市場。大勢の人が買い物と食事に訪れていました。ま主に消費市場ですね  その時は空港に向かう時だったのですが、「8年間で6人目や.....」と言ったりもして、ちょっと辟易したので静かに相づちをうってやっていたら空港着。料金が43ドルくらいだったかな。45を出したら、「Have a good day」とか言って、5ドル札を返してくれた。釣りがなかったのか、話を聞いてあげた成果なのか。ちょっと笑ったな。

 明日もこの人混みかと思うとウンザリしますが、海外の年始3連休は珍しいので、それはそれで楽しい。


2016年01月04日(月曜日)

 (13:40)国の成り立ちがアメリカよりもさらに最近なのでやむを得ないこともありますし「それが良さ」と言っても良いが、オーストラリアには特に気が付いたような「食文化」といったものはなかったですね。残念ながら。「特に美味しい」「微妙な味わいがある」といったものはない。

シドニーの老舗デービッド・ジョーンズの地下  そりゃそうなんですよ。アメリカだってニューヨークなどの大都市はまだましで、田舎に行ってイタリア料理店でスパゲッティを頼む時に「アルデンテ」と強く言い、さらに「not so soft」と言っても、まるで饂飩にようなスパが出てくるところもある。まだまだです。といってステーキだって日本の方がうまい。

 結構シドニーでは有名なある魚介類のレストランに言って「魚介のビスク」を頼んで出てきたものを一口スプーンで口に入れたとたんに、さっと手が胡椒に伸びました。何せほとんど味がしない。多分本当に魚介は煮込んでいるのでしょうが。

 中華街で中華を食べても納得は出来ない。「これはこれで食べられる」という類い。ま、日本以外で食べる中華のレベルはそんなものですが。その他も押して知るべし。ただし日本への進出がかなったビルズの本店で食べたリコッタチーズのパンケーキは、六本木のローダーデールのものとはもちろん違っていて美味しい。

景勝地 ブルーマウンテンの三姉妹  しかし良いものもある。果物はチェリーが今が季節で美味しかったし、果物は多種類で見ていても、食べても美味しい。実は街をいろいろ歩いていて一番面白かったのは老舗デパートであるデービッド・ジョーンズの地下街でした。海外のデパートしては珍しく食品があり、簡単な食事も出来るようになっている。回転寿司もありました。

 そこの野菜を見た時に、「オーストラリアも同じ病気か」と思いました。野菜がキュウリから何から綺麗に揃っている。大きさも色も。全てにおおざっぱなオーストラリアで「野菜が揃っている」というのが面白かった。

 シドニーの人口は600万。東京の約半分で、ボンダイビーチに行く以外は有名な観光地で「ここに行こう」と思うところには全てその気になれば歩いて行けることが良い。私も結構歩きました。うーん、次の予定はないがまた来たい街だな。


2016年01月04日(月曜日)

 (23:40)日経新聞の「スンニ派とシーア派、なぜ対立(Q&A) 」という記事を見ても、それこそ「なぜ国交断絶」にまで最終的に発展するのかが分かりません。しかし実際にそのような事態は起きた。

 宗教の考え方の違いに起因する諸国の争いは歴史を見ても長期・過激化することが多いから、世界のマーケットが「今までに無い事態」と考えてこれを材料視して下げたのには理由があるように思う。

金比羅様の前で  問題はともに長い歴史を持つイラン(シーア派勢力)とサウジアラビア(スンニ派勢力)が「どの程度本気でどの場面で、どの程度対立する意思があるのか」だと思う。それがなかなか読めない。中東の中の、コップの中の嵐で終わるのか、それとも石油などの資源価格の大変動を呼ぶ動きになるのか。

 マーケットが一番嫌うのは「将来の不確定性」だから、それが見えてこないと「安定しようが無い」とも言える。もう一方の「中国の景気悪化」は年初早々に出た統計が「またしても悪かった」ということが要因として大きいと思う。

 中国に関しては以前から「景気悪化」が言われており、材料としてはそれほど新しくはない。しかし中国の投資家としてはあちこちで問題(年明け早々にも)を起こしている習近平主席の政治・外交の方向性にあまり良い印象を持っていないことは確かだろうし、我々が知らないところで中国の投資家が「(中国の)景気の一段悪化」の見通しを具体的に持っているとも考えられる。

 富士通総研・主席研究員の柯隆さんを迎えた元旦の番組は、こうした問題を考える上で非常に役立つと思う。彼との会話はいつも楽しいが、今回も是非聞き直して頂きたい。

 それにしても去年の末から「今年は荒れるぞ」と思っていたら、その通りの展開。ま、世界的に4日が取引最初の日という珍しい年としての2016年。いろいろ頭を使うには面白い年かも知れない。


2016年01月05日(火曜日)

 (17:40)オーストラリアが地形的・地理的に一番面白いのは、そこが海底の隆起によって出来た陸地、大陸だということかな。概ね。

 日本は言ってみれば「火山がぼこぼこあちこちで爆発を繰り返して出来た列島」ということが出来る。概ね。だから日本には急峻な山が一杯ある。よって日本にある岩は火山がもたらしたものが多い。しかしオーストラリアを移動して気が付くのは、存在する岩の殆どが「堆積岩」であるということです。(あれ、オーストラリアに火山ってあったかな。あっても数えられるほど ?)

 堆積岩なので、砂や大きさの違う岩が固まって出来ている。基本的には柔らかい。なので成分が多様で、砂に周りを囲まれて収まっていた岩は、何らかの拍子で外れて、高い所にあると落ちる。それはカタジュタでもウルルでも顕著でした。カタジュタやウルルにある下に落ちていた岩はそれはそれは大きい。

テーブルが一杯  先日書きましたが、そもそもカタジュタもウルル(エアズロック)も、非常に長い堆積岩の、実は両サイドです。それが雨などの浸蝕によってあの綺麗な形になっている。だから山肌(岩肌)が日本のそれとは全く違う。火山岩であのウルルのような綺麗な山肌(岩肌)は出来ない。堆積岩なので比較的短時間で綺麗になる。

 シドニーから車で西に一時間ちょっとの所に「ブルーマウンテン」という景勝地がある。その「ブルー」は一面ユーカリの木が生えていて、その葉っぱから出る蒸気が独特の淡いブルー色で、エリア全体がその色に染まる(晴れた日に顕著です)ことから出ているらしいのですが、特徴は「”マウンテン”と名前は付いているものの、それらは日本で言う”山”ではない」という点です。それは私に言わせれば”台地”で、それがいくつもあって、ずっと向こうまで続いているという景観。

パンダはころ良い大きさだな  その台地と台地の間は時に激しく落ち込む谷になっているのですが、それは浸食作用の結果と思われる。一番の特徴は、残っている台地の高さがピッタリ揃っていると言うこと。それは日本人から見れば奇妙です。日本ではそこかしこにある山の高さは全部違う。しかしオーストラリアの”マウンテン”の高さは、それが基本的には台地出身なので綺麗に高さが揃っている。

 平らな土地そのものが海から上がったり下がったりして堆積岩を作った後、最後に上がったが、その固いところは同じ高さで台地として残り、柔らかいところが浸食されて今のユーカリの木が生える谷になったと考えられる。

 しばらくして思い出したものがある。それは南アフリカのケープタウンにある「テーブルマウンテン」です。それはテーブルのように見える単独台地で結構標高がある。なので、そこにはいつも気流の関係で白い雲がかかっている。それが「テーブルクロス」と呼ばれているのですが、オーストラリアのブルーマウンテンにはテーブルは単独ではなく一杯ある。そこかしこにです。ただし標高の関係からか白いテーブルクロスはかかっていない。ユーカリの葉っぱのおかげで薄いブルーのクロスがかかっている。

 でも海底がそのまま隆起したって、それは火山よりも大きな力で押し上がったのでしょうね。どうしてそうなったのかは知りませんが、もしかしたら南半球にはそうい台地が多いのかも知れない。多分ケープタウンのテーブルマウンテンもそうして出来たと考えられる。私の勝手な想像ですが。

三姉妹は奇岩です  堆積物が多い土地なので、「相変わらずオーストラリアは石炭の国」と土地の人々は言う。「CO2が多く出る石炭だが、それが生命線なので中国にはばんばん売る。自然エネルギーにはあまり関心が無い.....。オーストラリア人は甘い....」とガイド。そう言えば発電用の風車は一台も見なかったな。どこかにあるのでしょうが。

 あのでかい土地に人口が2300万とか。そりゃのんびりしちゃう。ほっておけば。しかし広い土地の割りには「人口の集積度」が高い。シドニーに600万。つまり25%、四分の一が地球儀で言えば右下の湾が入り組んだ狭い土地に住む。海の移動も結構繰り返しましたが、本当にイスタンブールに似ている。海の交通はスムーズです。

 しかし陸地、街中では結構な渋滞。600万人集まっているのにまだ集まっている。住宅地が郊外に延びる。しかし移動手段はもっぱら車。そりゃ渋滞する。日本のように「そこら中に駐車場がある」国なんて少ない。オーストラリアもそうです。青空が圧倒で、ビルの下に有る駐車場なんて少ない。公共交通機関は限られている。

 シドニーの街も歩いて思ったが大分年老いてきている。デパートとか古い。デービッド・ジョーンズとかマイアーとか。海底が隆起してできた大地、国もそろそろ生まれ変わりが必要か。シンガポールと比べるとそう思う。サンフランシスコのような坂の多い良い街ですが。
ycaster 2000/12/03)



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