<2005〜06年、爆発中のインド
   (続カオス、しかし成長の成果が)-Cyberchat>

 デリー、バンガロール、コルカタ(カルカッタ)、そして再びデリー。主要都市を巡りながら、「ああ、見れていないところがいっぱい残ったな.....」とずっと思っていました。インドに二回来たと言っても、セキュリティーのためもあって大都市の名前のあるホテルに宿泊して、都市の一面と歴史的建造物を見、そして少数の人と交わっただけだ。私の取材には限界がある。バンガロールのデパートの裏にはにあった大きなシバ神の前で。人々の信仰の対象だった。頭の毛から水が出ている。ガンジス河は、シバ神の髪の毛から出た水が源流だと言われている

 これらインドの主要都市の人口を集めても、2億人にもならない。インドの人口10億のわずか五分の一。大部分の人は非都市、もっと端的に言えば非常に貧しい、カースト制度の名残もはっきりしている農村に住んでいる。中国農民調査を読めば、我々が都市で目にする中国の姿と、この本で読む中国の農村の姿の違いに愕然とする。都市と農村は、主要先進国ではなく途上国において全くかけ離れた存在なのです。だから、前回に引き続き主要なインドの都市を巡ったからといって、インドをかなり理解したとは言えない。

 しかし、都市はその国の象徴でもないかといえば、それは違う。都市にはその国の人々と文化、富、芸術、それに犯罪組織が巣くい、独特の文化を構成している。明らかに都市は、その国の象徴の一つである。だからテロの対象になる。だから私はどこの国に行っても「ああ、この国の一部しか見ていない」と思いながら、都市をその国の一つの象徴であると思って駆け足ながらも回っている。

 そういう前提で言うならば、「今インドは爆発中」という表現が当たっている。しかもただ爆発しつつあるのではなく、富と中産階級と、そしてそれを恨むテロリストを育てながら。今回も前回訪問時と同じく、XEBEC INDIA(同社サイトの日本語バージョンはここ)のジャイヤンタ・チャタルジーさんにお願いした。

 何が私の目に一番焼き付いたか。それは、引き続きのカオス(常に工事中の道路、相変わらずの埃、大勢の人、ごちゃごちゃ並んだ商店、道を横切る羊や牛、しらちゃけるまでに汚れた犬、そして車の凄まじい突進と、そこを縫うようにして歩く人。そして、ものもらいをする人々)でありながら、そこには明らかに年率7%を越す成長の成果が見え始めている、ということだ。

 バンガロールでは街の中心にモールがいくつも出来ていて、家庭用品が綺麗に並べられている店があったし、最上階(といっても5階だが)にシネマコンプレックスを持ったブティックビルがあった。シネコンではキング・コングもやっていました。その下には飲食店街があって、若い連中や家族連れが外食を楽しんでいた。楽しそうに買い物をする姿がそこにはある。それは先進国と何ら変わらない。

 こうした中産階級の台頭を窺わせる動きは、他の都市でも見られた。デリー、コルカタ。何よりもインドの貯蓄率が著しい勢いで上がってきている。以前は稼ぐ先から使わざるを得なかった。貧しかったからです。しかし、最近になって生活に余裕が出てきて可処分所得が上がってきた。それに伴って貯蓄率は上昇している。

 インドでは住宅ローンの環境整備も進んでいるという。金利は大体7%くらいで、20年ローンが一般的という。貯蓄率が上がり、融資環境の整えばお金がどこに向かうかは明らかです。株と土地に向かっている。具体的にはコルカタでチャタルジー君の友人に、「今コルカタの不動産は信じられないくらいに上がってきている」と言われた。「どうだ。一つ買わないか」といった風情なのだ。株が Sensex 指数で上がってきていることは良く知られている。私が2004年年初にインドに来たときには、それはまだ6000前後だった。それが確か4800前後まで落ちて、そして今は10000を窺う勢いになっている。

 人々がモノを買う場所を変えれば、街は変わらざるを得ない。なぜなら、旧態依然とした店ではモノが売れなくなるからだ。このパワーの移転が、街の景観を変えていく。綺麗になり始めたら、街というのは加速度的に綺麗になる。インドもそうなる、と自信を持って言える。それは古い街並みを懐かしむ人々には残念かもしれないが、それでは商売できないから利にさといインドの人々が黙って客を取られるのを見逃すとは思えない。

 コルカタのホテルの近くにこの都市で一番人気のあるケーキ屋というところに入った。年末年始のお祝い気分の中で、凄まじい勢いでケーキが売れて行っている。私達も買ってみたのだが、このケーキ屋は本当に有名らしく、テレビカメラも来ていた。夕方のニュースにでも使うのだろう。

 インドで遅れているのは、交通網の整備である。道路は酷い。穴だらけだ。車は静かには走れない。道路に穴があり、そしてクラクションがうるさい。ホテルの部屋にいても、下の街の喧噪が聞こえてくる。インドの都市はどこでも賑やかなのだ。その賑やかさの一つの原因は、公共交通機関の不整備だ。人口1000万のデリーで、私の滞在中に地下鉄がやっと3本目が走り出した。インドのテレビ局が集まった人々に「乗りますか」と聞いている。そこが面白い。日本では地下鉄が出来たら皆乗るに決まっている。

 しかし、テレビを見ていると「高いから嫌だ」という人が結構いた。だからテレビのレポーターは、「reaction is mixed」という。しかし、ビジネスマンらしい人は皆、「絶対乗る」と応えている。高いから嫌だと言ったのは、女性に多い。恐らく、使えるお金の額が違うのだ。

 悲しげな目をした人々の数は依然として多い。コルカタでは商店街を歩くと「くれそうだ」と思われるのか、何人もの悲しげな目をした人につきまとわれた。インドの場合、こうした人まで生活水準が上がるには相当時間がかかるかもしれない。まず上が上がり、それに引きずられて中間層が上がるという過程を辿るのだろう。その過程は、インドの諸都市を見れば分かる。明らかに富の集積は始まっているが、それに参加できている人の数は少ない。しかし、居るということが重要だ。バンガロールのボタニカル・ガーデンでインドの恐らく中学生達と

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 悲しげな目をした人たちもまだ沢山いるが、インドの国としての目線は全般的に上がってきてもいる。何せ、12月31日の朝によんだ「The Telegraph」という新聞の社説の隣にあったコメンタリーの見出しは「Year of India」だ。そこには、「アメリカのブッシュ大統領さえも、インドを world power だと認めた」とある。別の新聞の社説のコメンタリーには、「New Impetus on Trade」とあって、貿易協定の事かと思うと、副見出しは「India,Russia and China are keen on trilateral co-operation an a host of economic and political issues」とある。古い友人と親交を深め、中国との三極関係を考えるインド。

 インドは友人を作るのがうまい。来年元旦からインドは Safta(南アジア自由貿易協定)をスタートさせる。例外品目はいっぱいあるが、一種の自由貿易地域がここに出来るのだ。参加国はパキスタン、バングラデシュなどなど。インドは今年アメリカとの外交関係を劇的に改善させ、中国ともかなり良くなって、そして相変わらずヨーロッパとの関係は深い。経済は成長し、富も集積してきた。大都市のビルは伸び、そして地下には地下鉄が走り始めた。ここコルカタにも地下鉄はある。

 インドでは、いっぱい新しい言葉を覚えた。「BPO」「KPO」「IPR」などなど。前二者はあとに説明が出てくる。「IPR」は、「International Property Rigthts」の略だ。私が日本では知らなかっただけかもしれないが、新しい単語が次々に登場する経済にはどうみても勢いがある。

 こんなに人がいるのに、インドの新聞には「今後4年間にインドではIT技術者が50万人は足りない」とか、「job boom」だとか出ている。IT関係だけではなく、コルカタでは建設労働者も不足しているのだそうだ。それだけ、経済の発展速度が速いと言うことになる。人手不足と言えば、中国の沿岸地方でも人手不足が表面化している。中国、インドという二つの人口大国で起きている人手不足は、今後の世界経済を考える上で興味深い。

 しかし、インドには弱点もある。テロだ。バンガロールの、インドで唯一のナノテク研究センターであるIISが狙われたのは、インド人にとってもショックだったようだ。完全に「Soft target」と言える存在だったからだ。新聞の連日の大きな扱いからそれが分かる。IISへのテロは、私達がその話をし、IIT(バンガロールにはない)の代わりにIISを見に行こうかと話していたまさにその日に起きた。今更ながら、行っておけば良かったと思う。

 バンガロールのボタニカル・ガーデンで樹齢800年と言われる巨木の前でチャタルジー君と  インドの場合は、富の集積と成長を妬み、好ましくないと考える勢力は国の内外にいそうだ。何せ、宗教の数、言葉の数は多い。多民族・他宗教国家なのだ。インドは非イスラム教国としては、世界最大のイスラム教徒を抱える。この国では、今後もテロが相次ぐだろう。しかし、そのテロでもインドという動き出した巨像はその前進を止めないように見える。今年後半の株価の動きがそれを示す。テロなにものぞとSENSEXは上がっている。

 インドの経済発展に尽力しながら、世界最大の民主主義国での選挙民の洗礼を受けたバジパイ元首相は、私がインド滞在中の12月29日だったか「election politics」からの引退を表明した。名誉職にはとどまるが、選挙に出て選挙の洗礼を受けて、それで政治的実権を握ることをやめると言っているのだ。彼も12月25日で81才。インドで一つの時代が去ろうとしている。一方で、今の政権の形成に大きな力があったイタリア人のソニア与党党首が盛んにテレビのインタビューに登場している。バジパイが率いたBJPの連中が聞いたらかなり頭に来る話をしていて面白い。

 インドは経済も政治も大きくベクトルを変えつつある。まだ残る巨大な貧困、そして識字率の低さ。インフラの未整備、そして水不足。抱える問題は山ほどある。しかし、だからといってこの国が早々に歩みを止めるとは思えない。インドはまだ前に進む。「India will go on.......」

 以下は、私がインド滞在中に日々書いた文章です。参考に。
 


2005年12月26日(月曜日)

 (23:10)家に帰ったら、嬉しいニュース。NHKエンタープライズの佐藤さんから、『おかげさまで、「スクリーン・ウォーズ」が今年BS1で放送した番組のベストセレクションの1本として、12月31日の深夜BS1で再放送されることになりました。正確には1月1日午前1:10〜3:00の放送です』と。ほう、年明け早々。

 嬉しいじゃないですか。自分が関わった番組が「ベストセレクション」になるなんて。「スクリーン・ウォーズ」はNHKがBS1で隔月の第二日曜日に放送している本格的報道番組「世界潮流」の一つとして作成された。私は11月の13日放送分の「スクリーン・ウォーズ」でこの「世界潮流」に関わった。面白かったですよ。長丁場をどうもっていくか、という醍醐味もあったし。

 佐藤さんによると、『「世界潮流」は来年4月からは「地球特派員2006」とタイトル・内容ともにリニューアルしてスタートすることになりました』とのこと。どんな番組になるのか、楽しみです。NHKはいろいろ問題はあるが、良い番組を作るNHKは好きだな。

 しかし残念ながら、年明け早々のこの再放送を私は見れません。というのは、27日から昨年に続いてインドに行くからです。昨年と言っても、前回は2004年の年初でしたから、気分は二年ぶりといった風情。

 前回はニューデリーやムンバイなど、インドのアフリカサイドを回った。今回はインドのタイサイドを回る予定です。昔のカルカッタ、今のコルカタなど。むろん今回はバンガロールにも行きます。とにかくでかい国ですから、全体を鳥瞰するだけでも二回くらい行かないと終わらない。

 インドが日本の投資家にとっても産業界にとってもブームであることは間違いない。TBSだったか正月特番収録(多分元旦放送だと思う)の際にいろいろな会社の社長さんが、「今年はインド」と言っていた。しかし私は2004年の年初にインドに行って最初にインド、インドと言った人間として、今年はこの国が持つ今の形での成長の限界点も探ってこようと思っているのです。成長の可能性と同時に。

 どういう事かというと、中国については今の共産党独裁の政治体制の下では、「国民一人当たりGDPが5000ドルがせいぜい。そこが成長の限界点」という説があって、私はこの説に興味を持っているのです。これが1万ドル、2万ドルになるには、中国は様々な壁を突破しなくてはならない。自由な環境だけが提供できる豊かな発想とか、創造性など。環境の制約も今の中国にとっても大きい。

 それはインドにもあるのではないか、と思っているのです。なにせまだ国民の35%は字が読めない。そういう状況では貧富の格差は成長の進展とともに異常に拡大するはずです。インドは今でもむろん格差は大きいが、ある社会がその格差の拡大をどの程度受容できるかは一つの大きな問題です。

 まあそう言った視点を持って、インド各地を見て歩きたいと思っているのです。今回もチャタルジー君が帯同してくれます。正月のこの彼自身にとって忙しい時期だろうと思うのに、感謝感激です。

 PCは持って行きますから、ネットメールは対応が遅れるかも知れませんが、okです。多分、リモートメールも見れる。ケイタイ電話は転送を掛けておきますから、運が良ければ繋がります。私の番号を知っておられる方はどうぞ。インドで使うケイタイは、私が海外に行くときに使うボーダフォンなので、どのくらい繋がるかは分かりませんが。

 今回調べて分かったのですが、ドコモのiモードメールは転送できないことが分かった。これは不便ですな。


2005年12月27日(火曜日)

 (23:10)東京を午前11時過ぎに出て、デリーに着いたのが午後の6時ちょっと過ぎ。3時間半の時差ですから、約10時間の旅です。激しい西風で飛行機はやや遅れの到着。到着前にはかなり橙色が鮮明な夕焼けが見えたのですが、降り立ったら真っ暗。チャタルジーご夫妻が迎えに来てくれて、そのままホテルにチェックイン。

 ですから、外の様子をつぶさに見れたわけではない。しかし、お二人の話と私の2年ぶりのこの目で見て、インドは明らかに富の萌芽に向かっているように見える。まず、走っている車が2004年の年初に比べて綺麗になっている。タクシーのプレートも黄色に統一された。

 何よりも、インドで初の高速道路の建設が進んでいる。デリー国際空港からジャイプール(ピンクシティー)に向かう。夜でも工事が行われていて、完成するとジャイプールまでは2時間で行けるようになるという。2004年には一般道で移動しましたが、その時は本当に大変だった。

 街も綺麗になりつつある。第一、前回来たときほど道路沿いの人々が多くない。前回は寒い冬にもかかわらず、本当に多くの人が道に居た。しかし、今回はあまり見かけなかった。道路の中央分離帯もかなり出来ていた。何よりも、明かりが増えた。イリュミネーションも増えているのです。高層ビルも。

 半分冗談、半分本気で「オリンピックも出来そうだね....」と言ったら、2010年には Commonwealth Games(連邦のスポーツイベント)が行われるそうだ。そのための準備が進んでいるようにも見える。最近デリーでもマラソンを行ったそうで、夏は無理だが冬はデリーならマラソンが可能だ。2020年くらいのオリンピック開催をインドは狙うのではないか。

 ホテルは2年前に出来た比較的新しいところですが、日本などのホテルとの違いが鮮明でなかなか良い。なにせ平屋建てなのです。中庭のプールが目立つ。最近、日本の人が大量にインドに来ているという。特に今年はかなり大規模な訪印が目立つという。自動車メーカーも、エンジンまでインドで作ることを検討中だという。インドの存在感は、日本にとっても増大している。

 前回2004年の初めに私が来たときのインドの株価指数Sesexは確か6000に乗った直後だった。その後にインドの新聞通りにいったん落ちたのですが(確か4800程度だったと思った)、その後は現在の9300近くまで急速な上げ。インドの富蓄積の萌芽が見えたとしても不思議ではない。

 明日から、バンガロール、コルカタと回って、元旦にデリーに戻ってくる予定。


2005年12月28日(水曜日)

 (07:10)しかし感慨深いものがあります。何かというと、2004年に来たときには日本の携帯電話をインドに持ってこようなんてとんと考えなかった。まあそれほど緊急の用事もないだろうと。事実何もなかったのですが、今回は海外用に持っている vodafone が使えるかどうかの好奇心もあって持ってきている。

 vodafone が去年の暮れに行ったイギリスで完璧に使えたのには納得がいった。なぜなら母国ですから。しかし、それでもロンドンのホテルで寝っ転がっていながら、日本の友人に携帯メールを打って、それが出て行く信号を見ながら感慨にふけったことを今でも覚えている。

 インドではどうか。広い国ですから、全土でそうだとは確言できない。しかし、vodafone を海外用にしてリブートすると自動選択になっているので、キャリアーを捜してくれる。最初電話は通じたがパケット通信は不可と出た。それで手動でキャリアーを選んだりしているうちにちゃんとパケットも伝わるようになったのです。「ネットワーク状態」の表示を見ると

事業者名 AirTel
パケットサービス 利用可能
サービス状態 利用可能
 と出ていて完璧です。実際のところ、インドにいながら、リモートメールも見られるので、タクシーの中からPCに来たメールまでチェックできる。株式の閲覧、取引もやろうと思えば可能です。日本の新聞や海外の新聞も全部読める。つまり、日本で携帯電話で出来ることはすべて可能なのです。電話をかけるのもいとも簡単。「+81」の後に最初の「0」を抜いてあと日本の電話番号をかければ、それでok。まあ、料金はちょっと高いでしょうが。しかし残念ながら、vodafone は韓国では使えないんですよ。

 まあそのうち世界中でこうなるのでしょう。日本を抜け出てまで携帯電話が同行したなどと言っているのはちょっと寂しいが、何でもいつでも誰とでも連絡が取れるというのは、そういうことが望まれる場合には良いことです。

 まあ携帯電話のことはもうこれ以上書きません。PCも切って、なるべく街や村に出ます。デリーは以前来た。バンガロールは楽しみです。ああその前に思い出しました。チャタルジー君の奥さんは富山出身の綺麗な日本の方ですが、話していたらデリーの日本人婦人会の数がどんどん増えているというのです。部品メーカーの進出が著しい、と。だから彼女もとっても忙しそう。ほぼ毎日のようにいろいろな会合があるそうです。


2005年12月28日(水曜日)

 (24:10)「エアコンシティ」とはよく言ったものだ。バンガロールという街のことです。人口620万人。大都市ですが、空港に降り立つと直ぐ、他のインドの都市にない、和んだ雰囲気を感じることが出来る。さすようなところがないのです。主に天候で。暑くても寒くても厳しいデリーなどに比べると、それは顕著に感じることが出来る。

 バンガロールはムンバイより遙かに南にある。だから本来は暑いはずです。冬でも。しかし、この街は海抜920メートルにある。長野県の諏訪は海抜600とか700とかにあったと思ったから、それより凄く高い場所だ。この海抜が、この町に適度な涼しさと空気の乾燥をもたらしているのです。まるで、一年中「エアコン」の効いた快適な部屋にいるような

 街を多くのオートバイにもまれながら車で移動する。チャタルジー君の友人の友人である「デーブと呼んでくれ」と言う40代半ばの男性とともに。彼の強いインド訛りの英語は半分くらいしか理解できないが、この街の由来から始まって、今のこの町のビジネス・モデルまで。それによると、この街の勃興の歴史から現状までは

  1. この街の過ごしやすさに目を付けたのはインドを植民地としたイギリスで、軍の重要な施設をこの街に作った
  2. この施設の存在が海外の人間にこの街の快適さを知らせる役割を果たして、海外からの投資を呼ぶことになり、また施設で働いた人間が散った後にいろいろな会社を興した
  3. そうした投資の集積の中で、数字に強いインド人の特性を生かした産業としてのコンピューター、IT関連産業がこの街で飛躍した
  4. 今のバンガロールの大卒IT労働者の典型的な初任給は2500ルピーで、1ルピー=約2.5円のカレントレートで計算すると、約7万円である。これは全国平均より20%は高い
  5. 今のバンガロールという街のビジネスモデルの典型はBPO(Business Process Outsourcing)とソフトウエアサービスであり、今のバンガロールでの二つの柱になっている
 など。街を走ると、オラクル、SAP、マイクロソフト、IBMなどなど、国際的にも名前の知られたコンピューター、IT関連会社の綺麗なビルが目に付く。そしてそれとは別に、あまり名前を知らないIT企業のビルがある。ITパークの中に一緒に入っているケースもあれば、個別に道沿いに警備員を立ててビルを構えているところもある。

 各社の「BPO」関連事業所が入っているのかもしれないし、開発拠点が入っているのかもしれない。BPOについては、ネット上に「ビジネスプロセスアウトソーシングの訳で、企業や組織が給与、請求、契約書管理、あるいは不動産管理などといったバックオフィス的なビジネスプロセスの管理と最適化を第三者に代行することを意味します」と説明があり、バンガロール発展の大きな背景となった。多くの国際機関も、ここにBPO的オフィスを持つ。

 これに続いて今バンガロールで伸びつつあるのが、「KPO」。何かというと「Knowledge Process Outsourcing」。つまり「知や情報の集積プロセス」の外出し産業。実はデーブは6ヶ月前につとめていた会社を辞めて、自分で会社を興した。そのオフィスにお邪魔した。オフィスと言っても、色気も何もない、小さな日本で言えば45u程度のオフィスである。入っていくと、12個ほど机があったが、そのうちコンピューター(大部分はフィリップス製)が置いてあるのは6つの机で、そこで4人の人間が働いていた。3人が男性、1人が女性。皆コンピューター関連の大卒だという。そのうち男性一人がどうやら管理職的な存在。

 何をしているのか少し見ていると、ウェブページから名簿とか職業、出身大学を拾い出して、それをエクセルに打ち込んでいる。何かの非常に規模の大きい名簿を作っているように見える。そうして作ったファイルを顧客の要望に従って仕上げるのだろう。「ビジネスはどうだ」とデーブに聞いたら、「good customer and bad customer..........」と。まあそうだろうが、では「bad customer とは」と聞いたら、「支払いが遅い顧客だ」と。これは日本でも十分考えられるが、コンピューターデータ(またはファイル)について「仕上がりの形」についてきっちり話し合いを終えずに仕事に入ることが多いので、頼んだ方は「ここが足りない」と文句を付けるケースが多いと。時には無理難題も。

 結果、「通常は仕事終了から一ヶ月が支払いのメドだが、それからかなり遅れるケースがあり、そういうケースの仕事をもってくるのが bad customer だ」とデーブ。「訴訟に持ち込めばいいじゃないか....」と小生がやや無責任な示唆をしたら、「インドでは裁判に時間がかかる....」と。だから、結構少ない支払いや、支払い拒否に泣き寝入りしているのかな、などと想像する。創業6ヶ月。どこの国でも、商売が甘いはずはない。

 夕方彼とは別れて、今度はチャタルジーさんと同じカルカッタの、しかも彼の家の隣の家で育った同い年の友人、そしてその夫人の4人で食事。「100ft」という店で、なかなか雰囲気は良かった。2階が諸雑貨の販売もしている複合的なレストラン。夫人も彼等のカルカッタ仲間で、昔からの知り合い。皆、いや私も含めてようしゃべる。明日は彼の友人がつとめるHP(ヒューレット・バッカード)のバンガロールBPOを見せてもらう予定。

 私が泊まっているのはLeelaというホテルですが、ここはなかなか良い。夕方レストラン軍を見回ったら、「今日はプライベートパーティーだ」という会場に入ったら、寿司カウンターがあり、その隣にも韓国料理も。チャプチェが美味しそうだった。誰のプライベートパーティーか知りませんが。「100ft」に行く前にちょっと食べたタンドリチキンは、今まで食べたタンドリチキンの中でも一番のジューシーさだった。


2005年12月29日(木曜日)

 (14:10)事件が起きたのは、28日の当地時間の午後7時ごろだったようです。IIS(Indian Institute of Science)というインドで唯一ナノテクの研究をしている研究施設の中に一人、または複数のテロリストが侵入して、たまたま施設の中にいたか、そこから出てきた科学者の集まりに対して発砲した。その結果、今朝の時点で科学者一人が死亡、他の5人が重傷を負ったというものです。

バンガロールのブル(牛で強気を意味する)寺院。テロにもかかわらず株価が高いのはこの寺院のおかげか。ブルはシバ神の乗り物 実は昨日デーブを含めて3人で「ここが見たい、あそこに行きたい」と話している中に、このIISも含まれていました。なぜなら私が、「IIT(Indian Institute of Technology インドのIT産業を支える全国7つの大学群)はバンガロールにもあるだろうから、それを見たい」と言ったら二人が、「バンガロールにはない」と応えて、私が「ではそれに準ずる大学か研究機関を見たい」と言ったら、二人の口から出てきたのがこのIISだったのです。インド唯一のナノテク研究機関だそうです。しかし、デーブのコッテージ(小さなオフィス)で時間がたつうちに行けなくなってしまった。

 IISは施設としても大きいそうですから、私達が行ったとしても事件があった場所に遭遇した可能性は限りなく低いのですが、それでもバンガロールで初のテロ事件を目撃できたかもしれないと残念な気分もあるのです。良かったという気分と同時に。今朝も、「見に行こう」と言ったら、チャタルジー君が「バリケードだらけで行けません...」とつれない反応。

 重要な点はここからです。昨日ああいう大きな事件があった。インドの新聞は特に今バンガロールに居るからかもしれませんが、今回の事件を大きく扱っている。しかし、今日のボンベイ証券取引所(BSE)の株価は、全く問題なく堅調に推移しているということです。私がこの文章を書いている段階で、BSEのSensex指数は+71.03の9328.54に上昇している。

 同じようなことは、デリーで先にテロ事件があったときも見られた。チャタルジー君は、「かつてはこういう事件があると、株価は下がった。今は政治の多少のテロではびくともしないので、株価も安定している」と言う。実は、インドのテロリスト達の最近のターゲットは政治家からこうした研究施設に移ってきていたそうです。IISもあるテログループのヒットリストに載っていたという説もある。それは実行に移された。まだ誰がやったのか、何の目的でやったのか、誰が犯人かなど全く分かっていない。

 本来なら不安心理が高まってもおかしくない。ましてや、インドの最先端を行く都市で起きたテロ。しかし、インドの政局がこれでおかしくなる兆しもなければ、経済もガタガタしない。「インド経済に死角はあるか」というのもテーマですが、ここ当分はなさそうという意見も聞かれた。あくまでも「当分は」ですが。

 チャタルジー君は、「連邦大会(Commonwealth Games)がある2010年までは(インド経済が抱える問題は)ないのでは....」という。私はそこまで自信がない。そういう見方も出来るのか.....と今は思っているという状況。

 日本から何人かの人にメールをもらいました。「大丈夫か....」と。「I am OK.」です。ご心配なく。明日の朝コルカタ(カルカッタ)に移動します。


2005年12月29日(木曜日)

 (23:10)私はどちらが正しいのか、真偽がどこにあるのホテルでの結婚式。盛大かつ綺麗だった。「軽く一千万はかかる結婚式」とはチャタルジー君の解説か知りません。しかし、今日話したヒンズー教徒の人たちは、バンガロールでテロ事件を起こしたのはイスラム教徒に違いないと断定し、さらには彼等の大部分はパキスタンかバングラデシュで訓練を受けている、と推測してくれました。

 私が「なぜパキスタンやバングラデシュがインドを敵視するのか。インドは他を攻撃しない平和な国なのではないか」と聞くと、こう答えてくれました。

 インドは大きい。人口も多い。その大きくて人間がたくさんいる国の隣にいると、いつも彼等は「feeling small」(いじけている、圧迫されている)の筈で、また将来飲み込まれるかもしれないと恐れている。だから、定期的にインドの政治や社会を混乱させようとするのだ....
 と。真偽は知りません。しかし、彼等はそういう風に解説してくれました。まあ株価が問題なく上がったこと、事件があったバンガロールでもこのテロに反対するデモが行われた形跡は私が知っている限りではなかったこと、バンガロールの街を歩いてもすこぶる平和で繁栄していたことなど、テロリストの狙いが達成されたとは思えない。まあ、事の真相は徐々に分かるのでしょうが。

 夕方からは、昨日の夜一緒だったチャタルジーさんの友人であるラジャ君とその奥さんが再び加わって4人でがやがや食事をしたのです。南インド専門の料理店に行って。面白いモノがありました。インドは広い。インドの北部は食事の際には我々が知っているナンが主流ですが、インドの南部に行くとコメから出来たアッパム(APPAM)というパン(ナン?)があって、これが美味しいのです。

南インドの、ナンに相当する美味しい食べ物。コメから出来ている。右上の白いもの  結婚式もあったので、「結婚式の費用は誰が出すのか」と聞いたら、「60〜70%の費用は女性側が持つ」ということでした。日本はこの逆ではないでしょうか。アメリカもそうだったし、世界では結婚費用を女性側が持つというのは結構多いようです。

 それから、インドの小学生で「将来なりたい職業」を聞いたら、一位がITエンジニアが、二番が医者、三位がクリケット・プレーヤーの順だそうだ。いや、私は今集中的に小学生男子の「将来なりたい仕事」をいうのを、世界各国で調べているのです。これが結構面白い。何を調べているのかとあわせて、そのうち書きます。

 バンガロールは新しいモールが出来、映画のシネコンが出来、ホーム用品の新しい店が出来るなど、今まさに消費社会の入り口にいる。発展が順調に進んで欲しいものです。


2005年12月30日(金曜日)

 (23:10)コルカタ(カルカッタ)は、我々が一般的にインドに対して持つイメージをふんだんに持つ都市です。大勢の人、ごちゃごちゃな並んだ商店、道を横切る羊や牛、しらちゃけるまでに汚れた犬、そして車の凄まじい突進と、そこを縫うようにして歩く人。そして、ものもらいをする人々。相変わらずほこりっぽい。

 ガンジス川という河を始めてみました。正月には、ここで日の出を見る予定。大きい河ですが、ここに入ったら(沐浴したら)神聖といった雰囲気はそのままではしない。只の汚れた河です。しかし、シバ神の髪の毛から発していると言われる河は、人々の信仰を集めているのでしょう。

 コルカタ(当時はカルカッタ)はビクトリア王朝時代には、イギリスによるインド統治の拠点が置かれたところで、ビクトリア記念堂には私も行ってみましたが、まあ壮大なものです。インドの人々も大勢見学に訪れていた。インドでも一年のこの時期は、人の動きが激しいという。

 コルカタは、私のインド旅行を先導してくれているチャタルジーさんの生まれ故郷。夕方からは彼の昔の悪ガキどもを入れ替わり立ち替わり来て、それぞれを紹介してくれてちょっとした宴会状態に。相変わらずインドの人々の英語は細かいところで分からないが、それでも得意のジョークで会話を進行。

 彼の友人でコルカタに残っている人もいるのですが、今はバンガロールを拠点に仕事をしているだとか、デリーが中心だという人もいる。彼もそうなのだが、30代半ばの彼等にはまだ縁がないが、日本の多くの男性と同じように彼等も田舎に残した親をどうするのかという問題がのしかかっているようです。インドでは、男子第一子が親の面倒を見るのが義務と考えられている。チャタルジーさんと同じようにコルカタ出身ながら他の都市で働く人々は、我々日本人の多くが直面したのと同じような問題が起きる。彼は、「今から考えても仕方がないので.....」ということは当たっているが。世界どこでも共通の問題はある。個人的なところでも。

 インドの新聞はバンガロールで起きたテロ事件の続報を流し続けており、「バンガロールで新たな攻撃の予告があった」などの報道をしている。もう私はバンガロールを離れてしまったので、その後の具体的な動きは知らないのですが、インドの新聞の多くは「テロを警戒するように中央政府が警告したのに、その警告を真剣に受け取らなかった地方政府の責任」だとか、「インドのテロは徐々に経済面での混乱を狙っている」といった報道になってきている。

 犯人に関する手がかりはまだ相変わらずないようです。確かに、バンガロールはインドでももっとも有名な、インドを象徴する都市になりつつある。インドの名声の象徴のような都市です。それをテロのターゲットにすることは、テロ組織としては宣伝効果が高いことになる。だからバンガロールの街としてももっとテロを警戒しておくべきだったのでしょう。しかしそれをあまりしてこなかった。急に街にはバリケードが敷かれ、我々が通れなかったところもある。会議にも警察官が今後派遣されることになったそうだ。

 しかし経済の混乱、社会の混乱をテロリスト達が狙ったのだとしたら、その狙いは外れていると言える。なぜなら、30日のボンベイ証券取引所の株価は、またしても高値を更新した。74ポイント高くらいかな。

 コルカタのチャタルジー君の友人の一人が、「デリー、ムンバイ、そしてバンガロールは既に子供を産み落としたような都市だ。しかしコルカタは今ちょうど産みの苦しみの中にある」という。つまり街として面白いと言うことだ。彼によればコルカタにおける不動産の値上がりがすさまじく、土地、マンションへの購買行動がかなり目立ってきているという。そういえば、今まで香港を中心に不動産業を行っていた知り合いが、ベトナム、インドにも手を広げるというメールをくれた。

 彼によれば、インドでは所有権を巡る法律は整備されているし、登記などに関しては多少のショートカットの必要性があるが、整備はされているという。夕方ジモチーのチャタルジー君と街を1時間くらい歩き、その中で今一番人気というケーキ屋に入ったりしましたが、確かに活気はある。皆お金のなさそうな、悲しげな目をしているが、街の動きは激しそうに見える。良く言えば、活気がある。面白そうな街です。1日の朝までここにいる予定。


2005年12月31日(土曜日)

 (20:10)コルカタのホテルは、中心部に極めて近いのですが、やはり今日はクリスマス後、新年を迎える日として街には結構イリュミネーションがあって、全体的に華やいでいます。むろん、日本ほどの特別の意識はないようですが。

 こちらから見ていると、東京は大きなニュースもないようですね。今年一年と同様、皆様にとって来年が良い年でありますように祈念します。それでは、良いお正月を。


2006年01月01日(日曜日)

 (20:10)コルカタのNew Year's Eveは「特別の意識はない」どころか、どえらい騒ぎでした。ホテルが特設したディスコは結構なお値段だったにもかかわらず超満員で、ボリウッド(Bollywood インドの映画産業の地ボンベイをハリウッドに見立てた言葉)からの踊り手を数人迎えて、まあ朝まで踊り明かしていたという雰囲気。

 街に出ればホテルのあったパーク・ストリートは超満員。チャタルジーさんの友人の一人が「コルカタ800万人の人口の半分は31日の夜はパーク・ストリートに繰り出す」と言っていましたが、それが冗談だったとは思えなかった。

 霧で閉鎖状態になることが多いデリー空港の状況を勘案して、夕暮れのガンジスを見たので初日の出は空港でということで、朝の早い便でデリーに戻ってきました。別に自分の家が有るわけではないが、最初にインドに入るときは必ずここからスタートするという意味では、「back home」という印象。考えてみれば、日本のように正月を荘厳な気持ちで迎えるというのは、世界ではむしろ少数派。大体が大騒ぎとお祝いで始まる。インドもそれでした。チャタルジーさんの奥さんのクミさんが「デリーも大変な騒ぎでした...」と。

 正月のインドの新聞を読むのは2004年に続いて二度目ですが、この国を理解する上で非常に役立つ。「The Telegraph」という新聞には、「Hello, 2006」と題して、2006年に「所有したいモノは」「個人的な目標は」「デートしたい女性・男性は」といった調査が一面に載っている。結果は以下の通りです。

〔2006年に一番持ちたいモノは〕
  1. 自分が夢とする車 37.4%
  2. フラット(日本で言えばマンション) 31.3%
  3. 自分が夢とするバイク 16.6%
  4. ホームシアター  7.6%
  5. iPod  7.1%
〔個人的な目標は〕
  1. 良い職 33.5%
  2. 望む大学への入学 23.6%
  3. 心の平和(inner peace) 15.6%
  4. 良い男友達・女友達 15.3%
  5. ビジネスの創業 11.9%
〔デートしたい女性・男性は〕
 男性にとっては Sania Mirza(支持率 33.8%) 女性にとっては Shahrukh(同 33.8%)

 

 持ちたいものの上位は、「我々と余り変わらないな」という印象。バイク当たりから我々日本人とは違うものが出てくる。「iPod」というのがかわいらしい。個人的な目標に「inner peace」というのが出てきているのが興味深い。まあヨガの国ですから。男性にとってデートしたい女性のナンバーワンに輝いたサニアはまだ17才の、イスラム系のテニスプレイヤーらしい。

 結構傑物で、イスラム教徒なので上の聖職者からはテニスというスポーツを理解していないのではと思えるが、「あんなに肌を出してけしからん...」というようなことを言われている。しかし、「好きでやっているわけではない。これは私の職業。ほっておいて欲しい」と言ったのだそうです。

 「ほっておいて欲しい」は、「Leave Me Alone」だったそうで、それが言ってみればインドにおける「流行語大賞」的な存在で、一躍若者のアイドルになったそうです。世界的なランクから見ればまだ61位程度だそうですが、写真を見るとかわいい。それもあって、「もう立派なアイドル」(チャタルジーさん)と。この一言は、インドのイスラム教社会を変えそうな勢いだそうです。

 まあその他の新聞には、「インドがオリンピックで金メダルを取るには...」とか、今年の Sensex はどこまで上がるのかとか。金メダルに関しては、そういえばアテネのオリンピックの後に何か書いたような気がする。インドは確かに10億の人口を抱えながらオリンピックで、特に最近は金メダルをほとんど取っていない。だからそういう話になるのでしょう。

 インドの株価の話では、「12K」とか「15K」という数字が出てくる。「K」は1000ですから、つまりインドの代表的な株価である Sensex が12000や15000になる日のことを書いているのですが、それは来年中にという記事が多い。まあ年末に9400前後ですから、「あと600ほどは何ものぞ」ということで、「10K」実現の雰囲気は出ているし、それはクリアできると思う。

 しかし、今朝のインドの新聞の一つは、「12K」を超えたら高値波乱圏であり、いったんは急落するという意見が掲載されていたが、私はこの意見に納得性がると思う。世界的な流動性がどうなるか、国内金利の動きはどうか、そしてインフラに対する政府の政策などが鍵を握るという。まあそうなんでしょうな。


2006年01月02日(月曜日)

 (08:10)今のインドの通信競争事情は、外見的にも、利用者の立場から見ても実に厳しそうです。大体、どの都市でも携帯電話会社の宣伝が凄まじい。特に目立つのは、「Hutch」と「AirTel」です。もう街のあらゆるところで見ることが出来る。そして新しい看板があると、それはほぼこの二社の宣伝です。

 実際もすさまじい。日本から持って行ったシャープ製のボーダフォンを使っているのですが、非常に役立つ。コルコタで通信速度が落ちたのですが、それ以外は日本と同じように使える。私はパケット通信を利用するので「AirTel」を使っているのですが、まごまごしていると接続先(ローミング先)が勝手に「Hutch」に変わっているのです。「あれ、パケットが繋がらないな....」というのはこのケース。「割り込むんですよ」とチャタルジーさん。そのたびに手動でまた「AirTel」に直す。

 ローミング先なので、自動、または手動で先を選ぶ。私はインドの各都市でやってみましたが、音声(通話)とデータ(メール)の両方で持って行ったケイタイが国内並みに使える先は「AirTel」だった。これは本当に便利で、私のように文章を書く必要のない人はケイタイ電話一つもっていけば用が済む時代に入ったと言える。国内PC用のメールはリモートメールを使えば良いし、ケイタイで銀行や証券会社との取引も出来ると思われる。

 新年の午前零時まえからケイタイ電話、ケイタイメールが使えるなくなるのは、インドでも日本と全く同じ。日本では「規制」がかかっているようですが、この国ではそういうことは聞こえてこない。「AirTel」の場合、去年と比べて通話、メールの量が昨年より300%増えたと新聞に出ていたから、そりゃ繋がらなくなる。

 インドのホテル事情は前回時と比べるとかなり良くなっている、というか日本の一流ホテルも顔負けのホテルが出てきている。私がデリーで宿泊したThe Tridentはヒルトン系のホテルですが、何よりも建築物として優れている。ホテルの中央に設置されたブルーに見える水の有り様は、このホテルをとても異空間的存在としているし、箸のイメージを随所に生かしたデザインも素晴らしい。何よりも、一つ一つの建物のコンポジション(立ち位置)が素晴らしいのです。土地をふんだんに使っている。日本では決して出来ないホテルです。グランド・フロアだけ139室のホテルで規模は小さいがモダンゴージャスという感じ。

 バンガロールのThe Leela Palaceは建物としての特徴がそれほどあるわけではない。見ると、「うーん、立派かな」という感じだが、何よりもこのホテルが良いのは、部屋の備品が日本の国内最上級のホテル並みだということです。タオルの質は、私が海外でいろいろ経験したホテルの中でも最上級。夜寝るとき極薄手のパジャマ的なものが置いてあるのも良い。

 さらにこのホテルは、たぶん私は初めてだと思ったが、日本のホテル並みに使い捨ての髭剃りがあった。これは今まで海外のホテルでは経験したことがない。海外のホテルは相当良いホテルでも、櫛がない、歯ブラシない、髭剃りないのケースが多いが、このホテルはそういう意味では良く考えられている。食事も素晴らしい。タンドリ・チキンはジューシーで so far best in my life 。コルカタのPark Hotelは、チャタルジーご夫妻が結婚式を挙げたホテルだそうで、小さいながらも市の中心という存在を良く出している。年末・年始の警備は凄まじく、かつ見事だった。

 インドのホテルではサービスはかなり考えられている。パスポートで私が日本人だと分かっているので、デリーのホテルは毎日JAPAN TIMESの最初のページをネットから印刷して私に渡してくれた。私のようにPCを持って行っている人間にとっては、「ああくれたのか」という程度ですが、必要な人は多いと思う。

 しかし、通信事情では苦労したな。というのは、インドの一流ホテルは全部無線LANを導入してあって、もうケーブルを使っていない。ある意味では日本国内より進んでいる。しかし、私が持って行ったソニーのPCは無線LANの設定が難しいのです。で、そのたびにインド人のIT技術者に部屋に来てもらう羽目になる。「彼等は日本語が読めないので、これは何か...」などと聞いてくる。ほっとしたのはLeela PalaceにADSL回線の出口端子があったのを見付けた時だけでした。

 インドのIT技術者がこういうのです。「ソニーのマシンはエレクトロニクス的には優れている。しかし、HPのPCなどは簡単に無線LANに接続できるのだが、その簡易さがソニーのPCにはないのが残念だ」と。まあ私も「無線LANには今まであまり関心を払ってこなかった...」と思いながら、今度海外でPCを使うには無線LANが絶対的な条件になるので日本に帰ったら無線LANの接続能力を高めなければならないと思った次第。


2006年01月02日(月曜日)

 (23:13)滞在中ほぼずっとチャタルジーさんと一緒に、加えて彼の奥さんのクミさんがそれにしばしば参加し、さらに加えて彼の友人が入れ替わり立ち替わりジョインした今回のトリップで面白かったのは、それぞれの人が抱えている問題や悩み、社会全体が抱えている問題などなどがより具体的に浮かび上がってくるところだ。10億人いれば、当たり前だが10億の人生がある。

 まず共通に「これは大きいな」と思ったのは、扶養の問題です。インドでは依然として男子の第一子が親の面倒を見る習慣がある。しかし、IT産業の進展でも分かるとおり、優秀な子供達は故郷を出てバンガロールやコルカタ、デリーに住んでいる。そこに生活の基盤がある。では、親が年老いたときにどうするのか。これは、会ったチャタルジーさん自身を含めて多くの彼の友人達の共通の問題のように見える。「今から考えても仕方がない」ということは分かるとして、あたかも日本の都会に住み多くの地方出身のサラリーマンが直面したのと同じ問題を彼等は抱えているのです。

 それぞれの個人を見てもいろいろ面白い話が出た。皆ざっくばらんで面白い連中だから。母親っこ(mom's boy)で結婚がキャンセルになったり、遅れたりしたA氏の話は泣けたな。一回は結婚式の招待状まで出し終えながら、彼が(ー。ー)yー゚゚゚を吸い、酒も飲むことで奥さん予定の家からクレームが付いて破談になったとも聞いた。今も嫁さんとお父さんの仲が悪い話とか。

 バンガロールで活躍しているビジネスマンは、奥さんがデリーに居て今は別居という状況。彼は「それは最高」と言っていたが、本当かどうかは私には分からなかった。インドでも別居結婚も、離婚も増えている。A氏の凄い美人の妹が辿った道で、インドの女性の生き方が変わってきていることは分かったし、テニスプレーヤーのサニアの「leave me alone」発言と、それを熱狂的に支持したインドの若者達の気持ちも分かる。繰り返すが、10億人いれば10億の人生がある。

 殺人、レープ。インドの新聞の一面にも、そういう単語がいくつも登場する。2日のインドのある新聞では、「Bihar wakes up to New Year massacre」という記事は目を引いた。副見出しは「EBC family of six burnt to death; Bihar's head hangs in shame:Nitish」とある。「EBC」は、「a poor, Extremely Backward Caste family」と説明があって、ああカーストの最下層の貧しい家族かなと分かる。記事を読んでいくと、この事件は一頭のバッファローを盗んだ盗まないと言う話から発展している。次の子供を孕んだ奥さんと子供5人が寝ている家に火が放たれて6人が死んだという話。レープの話もいっぱいある。扱いが結構大きいのは(?_?)か。珍しいのか。

 しかしこういう事があるからインド社会は駄目だ、という議論は見ている限りではない。「まあそんなもんだろう...」ということかもしれない。何もかも良くしようとしたら大変と人々が悟っているように見える。ガタガタしない、ガタガタ言わない。人生をそれはそれとして受け入れるという雰囲気がある。それがインドが日本人を引きつけている一つの理由かもしれない。

 しかし、一方でインドは一生懸命新しい社会を建設しようとしているようにも見える。街は依然として極めて汚い部分を引きづりながら、あちこちで建設が進む。デリーの空港廻りの道路はかなり綺麗になってきた。コルカタには100年、200年のビルがいっぱい立っているが、一方で新しいビルも出来つつある。何よりの不法建築物の撤去が進み始めている。

 若者の行動でも分かるとおり、恐らくインドの社会も大きく変わりつつある。イスラム系の17才のテニスプレーヤーの出現は、恐らくインド社会の価値観を大きく揺さぶっている。誰とは言わないが、牛肉をうまいといって多くのヒンズー教徒が食べていた。私の目の前で。日本人のヒンズー教に関する常識も怪しいものだ。音楽も晦日に嫌と言うほど聴いたが、ノリが良いモノが多い。暴走族らしきバイクの集団もバンガロールで見かけた。交通マナーはめちゃくちゃだが、事故は目撃しなかった。あれはあれで秩序なのだ。

 階級制度、貧困、貧弱なインフラ。この社会が抱える問題は山ほどある。しかしその一方で、世界の最先端を走るITと医療。核を持ち、世界で独特の存在感を誇る。今年は「サウジ国王、シラク、それにブッシュが来る予定」とインドの新聞にはやや誇らしげに書いてある。一方で頻繁に起こるテロ。

 ざっくり考えて、この国は面白くあり続けるだろう、と改めて思う。すべてを飲み込みながら。慣習や宗教など社会的制約は依然として大きいが、何よりも人が自由に、勝手に喋っているのが良い。何せ、世界最大の民主主義国だ。ここが中国とは違う。

 だから私は思う。「So life goes on」だと。インド的。やや日本人の常識を越えた形で。まあでも、「life goes on」は日本でもそうでしょう。テロ、貧困、ITの繁栄、高い経済成長.....想像を絶するような大きな問題と成長要因を抱えながら、インドは恐らく進む。時々この国を訪れる私としては、願わくばこの国が「鼻毛の黒くならない、鼻毛が伸びない国になって欲しい」と思う。それがインドのためにも、世界のためにもなると。


2006年01月03日(火曜日)

 (10:13)2日のデリーは朝と夕方雨でした。この季節には極めて珍しいそうで、私もこれで前回と合わせて14日くらいインドに居ますが、雨を見たのは初めてです。結構強く降って、この乾いた首都と土地には慈雨だなと思いました。

 実は2日は、朝から雷が鳴った。朝早くです。あまり音が大きかったので、私もうっすらと意識を取り戻して、「あれ、テロかもしれないな....」と思った記憶がある。それは、クミさんも同じだったそうです。テロ予告がいろいろ出ていましたから。しかも3回大きな雷鳴があった。夕方にも雷が鳴りましたが、夕方は雨も来た。納得が出来る雷鳴でした。まあ、テロではなくて良かったのですが。

 以前NHKがインドの農家が井戸を掘って必要な水を得ているが、その水位が徐々に深くなって、深い井戸を掘れる豊かな農家とそうでない農家の差がついて、離農する人も出ているという番組をやっていましたが、井戸の水位が下がっているのは農村だけではないそうです。

 デリーでは、深さ最近20メートル以上の井戸を掘ることが禁止されたそうです。ほっておくと皆どんどん深く掘る。水が欲しいためです。で、深い井戸の掘削を禁止した。何をしたのかというと、雨を飲み水としてリザーブする方法を取り入れたというのです。しかし、私が見て膨大にふくれる都市としてのデリー、その他のインドの都市の水需要を乾期にはほとんど降らない雨に頼るのは無理です。

 だからインドの成長の制約要因の一つは、貧困とか、階級制度とかではなく、実は水にあるのではないか、という気もしています。デリーの本屋で買ったインドの歴史の本にも、インダス文明を築いた民族は、アーリア人に駆逐されたのではなく、水不足で滅亡の道を辿ったのではないかという分析が出ていた。水や森の喪失、それに疫病が古代文明の衰亡に関連していることは、他の文明でも証明されている。この山一つ見えない平原、そこで肥大化する都市としてのデリーに十分な水を供給するのは、将来にわたって非常な困難な仕事に見える。

 3日朝のインドの新聞には、同日の麻生外務大臣のインド入りに関する記事が出ている。インドのエネルギー供給にとって非常に重要な核エネルギーに関する話し合いがもたれると書いてあって、インド側としても先にアメリカと合意した核協力に関する具体的な話しあいの一つとして、日本との話し合いに強い関心を持っているようです。インドと日本の関係は、もっともっと深まる必要があると筆者は思う。インドに駐留する日本のビジネスマンの数は最近急激に増えているという。

 私の今回のインド取材も、今日が最後。えらい霧で夕方の飛行機が飛ぶかどうか知りませんが、まあ一応4日の朝には日本に到着の予定。夕方からは打ち合わせがあるし、5日の早朝は番組がある。出ていなかったら、飛行機が遅れたか飛ばなかったか。

 インド。今の段階で一言で言えば、「So what !の国」かな。いろいろな人がいろいろ言う。この国には可能性もあるし、逆に弱点もある。水もそう。国内に膨大な矛盾も抱え、本音をちらちら見せながら建前を述べる部分もある。しかし、そうした周囲の雑音に対して、インド人やインドという国は「So what !」という基本姿勢なのではないか、と思う。ヒンズー教にはどうもそういうところがる。

 帰国に当たってこのコーナー「爆発中のインド」という文章を書いておきました。暫定的に今回のインド訪問をまとめた印象記です。ご興味のある方はどうぞ。結局、去年は海外が2回でした。ちょっと少ない。


 市場の観点から見たインド。経済の視点を重視して。

  1. 住信為替ニュースの2006年1月16日号
  2. 住信為替ニュースの2006年1月23日号
  3. 住信為替ニュースの2006年1月30日号
ycaster 2006/01/04)


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